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マイナー系雑誌とゲリラジャーナリズム          矢崎泰久×岡留安則×篠田博之

3/20(水) 15:51配信

創

70年代はマイナー系雑誌が活況を呈した

 ここに再録するのは1996年10月15日、本誌創刊25周年を記念したシンポジウムだ。インディペンデント系雑誌の役割とジャーナリズムの現状を議論したのだが、筑紫哲也さんやばばこういちさん(いずれも故人)も会場から発言した。

篠田 この1~2年、『思想の科学』『話の特集』など、マイナー系雑誌が次々と潰れていくという事態がありました。マイナー系雑誌というのは、少数意見の発表の場を確保するという貴重な存在意義があるのですが、この現実について考えることを通して、今のマスコミあるいはジャーナリズム全体の問題を考えてみたい。
 まず矢崎さんからお話を伺いたい。『話の特集』というのは、いわばマイナー系雑誌の先駆者だったわけで、その立場から状況をどうご覧になっているのか。
矢崎 潰れちゃった話を今からしてもしょうがないんですが、潰れた時にふと思ったのは、ああ『話の特集』も商業雑誌だったんだな、ということですね。志だけで30年やってきたつもりだったけど、やっぱり商業雑誌だったんだな、と。
『話の特集』が創刊されたのは、安保の谷間と言われた1965年でした。60年安保がああいう形で終わってしまって、少しずつ体制が強化されていった。権力というものが人々の目にはっきり見えるようになり、権威が息を吹き返してきた。だから、その当時、若い人たちの間には、反権威・反権力という立場から何か言いたい、何かしたいという気分が出てきたんですよね。そういう時期に『話の特集』は生まれたわけです。
 だからさっき篠田さんが言ったように、『話の特集』がゲリラ的な雑誌、ミニコミの先鞭をつけたという面はあると思う。その後、新左翼雑誌というのが雨後の筍のように出てきて、『現代の眼』とか『新評』『流動』『公評』『月刊ペン』。『構造』は今の『創』になるわけですが、とにかくそういう怪しげっていうのも変だけど(笑)、新左翼系というか総会屋系の雑誌。
『話の特集』はそれらとちょっと違っていたんですが、一方では『宝島』とか『面白半分』『ビックリハウス』『ローリングストーン』といった雑誌も出てくる。その頃のミニコミがいっぱい出てきてワアワアやっていたわけです。70年代にはそれらが勢いを持っていて、雑誌といえばむしろミニコミ、大雑誌よりは小さい雑誌の方がいろんなことができる、可能性がある、と言われたこともあった。
 その後、全共闘時代が終わってから世の中はどんどん堕落していくんですが、まあいずれにせよ、80年代までは『話の特集』も何とかやれたと思っていた。でもああいう個人的にしか存在しえない雑誌というのは、個人的な部分にこだわり続けると、サロン化したとか、マンネリ化したとか、いろんなことを言われるようになる。売れなくなると経営的にも大変になって、80年代後半からは「死に体」などと言われながら、気息庵々とやってきたわけです。
 でも一方、『噂の眞相』の岡留さんのように、雑誌が売れてるというのを大言壮語している人もいて(笑)……。
岡留 してないって(笑)。
矢崎 だけど篠田さんにしても岡留さんにしても、個人的ですよね。個人的だというのはすごく大事なことで、さっき篠田さんが言ったように、小さなメディアでしかできないことは今も絶対にあると思う。
 岡留さんも篠田さんも現役なんで、潰れてしまった側があれこれ言っても仕方ない。僕ができなかった分も含めて2人には頑張ってもらいたい。まあ、僕はもう老いぼれですからね。『創』と『噂の眞相』にはこれからも続けてもらって、もし変な方向に行くようだったら、僕が耳元でぎゃあぎゃあと嫌味を言ってやろうと思っています。

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最終更新:3/20(水) 15:56

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