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経済学的に見て「アベノミクス」はやっぱり失敗なこれだけの理由 <ゼロから始める経済学・第1回>

3/20(水) 8:32配信

HARBOR BUSINESS Online

 厚生労働省の「毎月勤労統計」の不正が発覚し、「アベノミクス」自体の評価が揺らいでいる。だがそもそも6年にわたって継続された「アベノミクス」とはどのような政策だったのか。成功しているといえるのか。

 埼玉大学の結城剛志准教授に、アベノミクスの成否について寄稿していただいた。

◆「アベノミクス」とは何か?

 今回のテーマはアベノミクスです。それも特にトリクルダウンと呼ばれる経済の考え方について説明します。こういったよく分からないカタカナ用語が出てきたときは要注意。うまく説明できないことを難しい言葉でごまかそうとしているかもしれないと疑ってかかった方がよいでしょう。

 2012年12月に発表されたアベノミクスももう6年が経ち、すっかり用語として定着しました。首相の名を冠した経済政策で日本経済を底上げすることができたのでしょうか。私たちの生活はよくなったのでしょうか。

 その前に。そもそも、アベノミクスってなんですか? この質問にビシッと答えられる方は意外にも多くありません。6年の間にすっかり私たちの生活になじんでしまって、意識することも少なくなってきているのかもしれませんね。意識しなくとも、空気のように流れていく政策でしたら、それは結構なことです。私たちの暮らしを、少なくとも意識のうえでは煩わすことがないのですから。でももしかすると、見るべきものを見ていないだけかもしれません。

 まずは、アベノミクスって「なに」ということから思い出してもらうことにしましょう。

◆アベノミクスが目指していたこと

 アベノミクスとは何か、といわれれば、「大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略」からなる経済政策のパッケージです。

 おっと、いきなり難しそうな四文字熟語が並んでいますね。金融政策と財政政策は、実は多くの方が高校で習っています。金融政策は、日本銀行が金融機関と国債を売買して、市場にお金を出し入れするものです。財政政策は、国が集めた税を使って、景気を刺激したり、所得を再分配したりするものです。成長戦略はなんでしょう。バズワードに近い、アベノミクスの殺し文句ですが、成長を阻害する規制をなくすことが主な内容です。

 2012年12月26日の、安倍氏が首相に就任したときの記者会見を見てみましょう。

「内閣の総力を挙げて、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略、この三本の矢で経済政策を力強く進めて結果を出してまいります。頑張った人が報われる日本経済、今日よりも明日の生活が良くなると実感できる日本経済を取り戻してまいります」

 これは同じ日に発表された閣議決定「基本方針」に沿う内容です。なかでも「大胆な金融政策」は、経済政策としてのアベノミクスの屋台骨を支えている点で重要なだけでなく、経済学の常識を覆す点でも「大胆な」ものでした。

 上の記者会見の1週間後に語られた安倍首相の言葉も読んでみましょう。

「日本にとって何より喫緊の課題は、デフレと円高からの脱却による経済の再生です。(中略)大胆な『金融政策』、機動的な『財政政策』、民間投資を喚起する『成長戦略』が経済再生の『三本の矢』です。頑張った人が報われ、今日よりも明日の生活が良くなると実感できる日本経済を取り戻すために、内閣の総力を挙げて、経済政策を強力に進めてまいります」(平成25年1月1日 安倍内閣総理大臣 平成25年 年頭所感)

 さらに、先の閣議決定には次のような文言があります。

「強い経済は、日本の国力の源泉である。強い経済の再生なくして、財政の再建も、日本の将来もない」

 まとめましょう。

 アベノミクスの目的は、「強い経済」を創り出すこと、それは「デフレと円高からの脱却による経済の再生」ともいいかえられています。そのための手段が「大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略」からなる経済政策のパッケージです。そして、これらの経済政策をやると「頑張った人が報われ、今日よりも明日の生活が良くなると実感できる日本経済」になる、というものです。

「強い経済」は、具体的には2020年までにGDP(国内総生産)を600兆円にする、そのために10年間平均で名目成長率を3%にする、という目標です。「デフレ」からの脱却とは、消費者物価指数の上昇率を2年間で2%に引き上げ、それを持続させること。円高からの脱却は、円とドルの交換比率を引き下げること、たとえば1ドル=120円が1ドル=140円になれば円安です。1ドルを買うために必要な日本円の額が増えているため、円が安くなっています。そして、やや抽象的になるのが「頑張った人が報われ」るとの表現ですが、文の流れからいってそれは「生活が良くなると実感できる」状態を指しているといえるでしょう。

 内閣官房が作成した広報誌『やわらか成長戦略~アベノミクスをもっと身近に~』(2014年4月)に「頑張った人」の具体的なイメージが記されています。

「どれだけ真面目に働いても暮らしがよくならないという日本経済の課題を克服するため、安倍政権は、『デフレからの脱却』と『富の拡大』を目指しています。これらを実現する経済政策が、アベノミクス『3本の矢』です」

「どれだけ真面目に働いても暮らしがよくならないという日本経済の課題を克服する」とあるので、働いて暮らしている人びと、つまり、労働者の生活が良くなるという意味です。実際、「日本経済の課題」が、労働者の生活状態の悪化にあることは間違いありません。労働条件の悪化が続いて、働いて暮らしている人びとの元気がなくなっていく、これこそが日本経済の停滞の原因です。政策手段はトリッキーですが、目標には共感できます。

◆実質賃金が上がらないのだから暮らしが良くなるわけはない

 しかし残念ながら、「なるほど、いいね!」とはなりません。「どれだけ真面目に働いても暮らしがよくならないという」状態が改善されていないためです。なぜでしょうか。

 アベノミクスは、そのうたい文句とは裏腹に、「労働条件の悪化が続いて、働いて暮らしている人びとの元気がなくなっていく、これこそが日本経済の停滞の原因」とは考えていないためです。アベノミクスは、停滞の原因を「デフレ」(物価が持続的に下落すること)に求めます。これが第1の誤りです。そして、「大胆な金融政策」で「デフレからの脱却」ができると考えてしまったこと。これが第2の誤り。そして、この6年間、がんばって「大胆な金融政策」を継続してきたことのツケがたまってきたこと。これは政府の過失であるとともに、国民の誤算ともいえます。

「生活が良くなると実感できる」かは、給料で見るのが一番単純です。図(賃金指数と消費者物価指数の推移)を見てください。

 実際に支払われた金額が増えたかどうかは、名目賃金指数で分かります。アベノミクス実施の2013年を起点に見てください。名目賃金はじわじわと上がっています。それなのに、どうして「残念」なのでしょうか。それは実質賃金が低調だからです。実質賃金指数は、実際に支払われた金額で、買えるモノの量が増えたか減ったかを示しています。金額が増えていても、それ以上にモノの値段が上がれば買えるモノの量は減ります。

 アベノミクスは消費者物価を引き上げることも目指しているので、見た目の給料が増えていても、思ったほど豊かにならない、ときには貧しくすらなっているという状況に陥ります。2013年~14年の物価上昇期には実質賃金が顕著に減少しています。

 その後の2016年~18年に実質賃金が大きく低下することなく低位に留まっているのは、アベノミクスがうまくいかず、物価が上がっていないためです。いわば敵失点のようなものです。

 『やわらか成長戦略』のような政府広報では、名目賃金の上昇を強調し、実質賃金の低下や停滞に触れない、という見せ方をしています。これが最近発覚した統計の不正とあいまって、アベノミクスの成果を偽装しているのではないかと疑われる一因となっています。実際、現在発表されている賃金統計の再集計値では、2018年の賃金指数が元の数値よりも低下しています。

◆「目標未達」のアベノミクス

「アベノミクスはうまくいったのか?」というと、うまくいったとはいえません。なぜなら、アベノミクスの主要な目標が達成できなかったからです。GDPは規模でみても、成長率でみても、未達成です。消費者物価の上昇率も未達成。なにより、働いて暮らす人びとの生活に結びつかなかったことは、6年間の政策の空虚さを物語っています。

 なぜこのような結果になってしまったのでしょうか。さらに突っ込んだ話は次回以降になりますが、それはアベノミクスが理屈で間違っているからです。

 いまの政府は、選挙の度にアベノミクスをやると「こんなにいいことがあるよ」という華やかなメニューを見せて、うまくいかなくても「自分たちはこんなにがんばりました」といって済ませるところがあります。国民も「きっとがんばってくれたんだろうな」と温かい目で見ているようですが、タダでできる政策はありません。子どもが運動会で一生懸命走るのとは訳が違い、私たちの税金をがんばって使っているのです。今後、アベノミクスのツケ、社会的に負担しなければならない費用が問題になってきたときに、「こんなはずじゃなかった」、「こんな話は聞いていない」とならないようにしたいものです。

<文/結城剛志(ゆうきつよし)>

埼玉大学大学院人文社会科学研究科・准教授。専門は貨幣論。著書に『労働証券論の歴史的位相:貨幣と市場をめぐるヴィジョン』(日本評論社)などがある。

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最終更新:3/26(火) 14:13
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