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【60年代の国産スポーツカー 04】コスモスポーツはマツダの“魂”が宿る初代ロータリースポーツ

3/21(木) 12:01配信

Webモーターマガジン

「マツダ・コスモスポーツ(L10B型 1967年5月発表)」

1961~70年は日本の近代スポーツカーが飛躍的に進化した10年だった。この時代に矢継ぎ早に投入された新型スポーツカーは、まさに日本の自動車技術の進化の歴史と言っていい。そしてこの時代のスポーツカーは多くがモータースポーツの世界でも活躍した。そんな飛躍の10年を彩ったマシンを振り返ってみる。第4回目は「マツダ コスモスポーツ」だ。

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世界で最初にロータリーエンジン(以下、RE)を搭載した市販車は、1964年に発表されたNSU(アウディのルーツにあたる会社のひとつ)のヴァンケルスパイダーだった。

だが、1967年5月に発表されたマツダのコスモスポーツは量販された世界初の2ローターRE搭載車として名を残している。

後に「ロータリー四十七士」と呼ばれた開発陣はチャターマークやシールなどといったRE独特の問題を解決し、RE本来の長所である小型・軽量・低振動のユニットを完成させたのだった。

10A型REは全高わずか1165mmという宇宙船を思わせる斬新なスタイルのボディに搭載された。イタリア語で宇宙を意味するコスモという車名は、このスタイルから命名されたとも言われている。そしてこのスタイルはREのコンパクトさを訴求することにもなった。

ニュルの84時間レースを完走して耐久性をアピール

流麗なボディのサイズは全長×全高×全高が4140×1595×1165mmで、空力性能にも優れていた。また、サスペンションはフロントがダブルウイッシュボーンでリアがディオン式のリーフリジッド、フロントディスクブレーキなど、当時としては最先端のメカニズムを持っていた。

モータースポーツでは1968年にニュルブルクリンクで開催された「マラソン・デラルート84時間レースに2台のコスモスポーツを出走させた。そして、1台は81時間でリタイアしてしまったが、もう1台は完走して見事4位に入った。

これによってロータリーエンジンの耐久性と性能の高さを世界に知らしめることができたのだった。

発売から1年2カ月たった1968年7月にマイナーチェンジで後期型(L10B型)となり、エアインテークの拡大やトランスミッションの5速化などの変更を受けた。またエンジンも128ps/14.2kgmにパワーアップされ走行性能も向上、カタログデータの最高速は200km/hとなった。

そして1972年、発売から5年で生産を終了。マツダが社運をかけて開発した初代REカー、“コスモスポーツ”の累計生産台数は1176台だった。

マツダ コスモスポーツ 主要諸元(1967年)

・全長×全幅×全高:4140×1595×1165mm ・ホイールベース:2200mm ・車両重量:940kg ・エンジン/型式:直2ローター/10A ・排気量:491cc×2 ・最高出力:110ps/7000rpm ・最大トルク:13.3kgm/3500rpm ・サスペンション前/後:ダブルウイッシュボーン/ドディオン ・発売当時価格:148万円

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