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川島永嗣「36歳日本人GK」の危機感と日々の葛藤

3/21(木) 6:00配信

東洋経済オンライン

 2018年ロシアワールドカップの激闘から8カ月の間に、川島永嗣(フランス=RCストラスブール)にはいくつかのショッキングな出来事があった。

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 その最たるものが、川口能活(U-17日本代表GKコーチ)と楢崎正剛(J1・名古屋グランパスエイトのクラブスペシャルフェロー=CSF)の2018年シーズン限りの現役引退だ。少年時代から2人に憧れ、プロになってからも背中を追い続けてきた偉大な守護神がそろってピッチを去った事実を突如として突きつけられ、川島は穏やかではいられなかった。

■ナラさんがやめると聞いて泣きました

 「能活さんの引退はニュースで知って、すごいショックでしたけど、ナラさんからは正月明けにメールがきました。『やめる』と聞いてショックというより、泣きました……。

 みんな引退する選手に『お疲れさま』とか言うじゃないですか。そういう言葉が出てこないですね。能活さんやナラさんのプレーが見られなくなる悲しみが大きくてね。自分が小さい時から一緒にやらせてもらったときまで、いろんなシーンで感動させられてきたじゃないですか。

 本当に人を感動させられるプレーヤーってそんなに多くないし、彼らの裏側には本当に大きな犠牲や努力がある。それを通して人を感動させ続け、戦い続けてくれたことへの大きな感謝が、一人のサッカーファンとして僕の中にはありますね」と彼は偉大な先輩に心からの敬意を表している。

 7学年上の川口は日本で初めてワールドカップの舞台に立ち、欧州挑戦に踏み切ったGKだった。2001年にイングランド・フットボールリーグ(2部に相当)のポーツマスFCへ赴き、2年後にはデンマーク1部のFCノアシャランへ移籍した。

 「能活さんはよくあの時代に海外へ行きましたよね」と川島もしみじみ言うほど、日本人が外国のクラブへ行くこと自体が難しい環境にあった。そのリスクを冒しチャレンジした川口は2年間出番を失い、2002年日韓ワールドカップも棒に振ったが、決して諦めることなく復活を果たした。その勇敢さと大胆さに川島は大いに勇気づけられたという。

 その川口の1つ年下の楢崎はつねに好敵手としてしのぎを削り続けた。川島は2004~2006年の3シーズンにわたって名古屋に在籍し、楢崎とポジションを争った。

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