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ニセコからNISEKOへ よそ者外国人が開いたリゾート

3/23(土) 7:47配信

NIKKEI STYLE

外国人スキーヤーがこぞって訪れる北海道のニセコ。インバウンド(訪日観光客)の拡大をめざす日本にとって、成功モデルの一つといえる。片田舎のスキー場にすぎなかったニセコを世界的なリゾート地に生まれ変わらせたのは、「よそ者」の若い外国人たちだった。開拓者たちの軌跡をたどる。

■ラフティングを持ち込む

ニセコに川下りのラフティングを持ち込み、世界的リゾートに引き上げた立役者の1人、ロス・フィンドレー。1995年にアウトドアツアーを扱うNAC(ニセコ・アドベンチャー・センター)を倶知安町で立ち上げた彼は妻の陽子と、札幌市内の映画館でチラシを配っていた。
ちょうどその年の春にメリル・ストリープ主演の「激流」が封切りになった。主人公の女性が危険な急流下りを強いられるサスペンスで、迫力ある激流の描写が話題を呼んだ。「ニセコで急流下りしませんか」。興奮冷めやらぬ来場客に向かって呼び掛けた。
オーストラリア生まれのロスはキャンベラ大学でスポーツ学や経営学を学び86年に卒業。スポーツ関連の仕事を探そうとしたが当時は不景気で「大卒でもウエーターのような仕事しかなかった」。一方、日本はバブル景気のまっただ中。「何かビジネスのヒントがあるかもしれない」とワーキングホリデーで北海道にやってきた。
札幌でスキーインストラクターをしながら暮らしていると、仲間からニセコを紹介された。訪れてみると水分の少ない雪質の良さに驚いた。「若いスキーヤーがたくさんいて、雰囲気もすごい良い」。ロスはそこで、当時モーグル選手だった陽子に出会う。
「この外国人、すごい貧乏だなあ」。これがロスの第一印象だった。食堂の端でたくあんをかじりながらライスを食べていた。2人はすぐに意気投合して一緒に暮らし始める。冬はスキー場で仕事にありつけたが、夏の生活が楽ではなかった。
ビジネスのヒントはすぐ足元にあった。ニセコに流れる尻別川では春先から夏にかけて川下りができる。ラフティングの体験ツアーを思いついた。札幌の映画館でチラシを配ったかいもあって順調に滑り出し、口コミが口コミを呼んだ。目新しかったアクティビティーにメディアも注目。修学旅行の学生客まで呼び寄せ、今では毎年3万人が楽しむ。
ニセコを代表するもう1つのアウトドアツアー会社、NOASC(ノーアスク)は94年にロス・カーティが立ち上げた。彼も豪州出身でIT企業に勤務していた。仲間をつてにニセコを知り「夏休みを使ってスキー場で働こう」と思い立つ。
豪州からスキー場に履歴書を送りつけ、スキーパトロールの職を得た。そしてホテルニセコアルペンで後に妻となる邦代と出会う。2人は豪州でスノーボードを仕入れて日本で売る商売を始めた。徐々にバックカントリーを案内するツアー事業に軸足を移し、ラフティングやアドベンチャーキャンプも始めた。
90年代のニセコでは「2人のロス」のような若い外国人のサクセスストーリーが生まれ始めた。彼らが持ち込んだアクティビティーが呼び水となり訪日客が徐々に増えていく。

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最終更新:3/23(土) 10:12
NIKKEI STYLE

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