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【センバツ】28年前、イチローが鈴木一朗だった時代の聖地での記憶

3/23(土) 12:17配信

週刊ベースボールONLINE

甲子園で見せた意気込み

 センバツ高校野球が開幕したが、どうも、あの衝撃的な出来事が頭から離れない。興奮状態にある。つまり、早くも「イチローロス」に陥っているのだ。3月21日の開会式のスピーチにおいても、過去の大会を彩った一人として、マリナーズ・イチローの名前が複数回出た。言うまでもなく、影響力の強い超スーパースターの現役引退だった。

 そこで、28年前の記憶がよみがえった。5打数無安打。信じられない数字である。

 鈴木一朗は愛工大名電高時代、2度の甲子園に出場。2年夏は同大会で優勝する天理高(奈良)との初戦に「三番・左翼」で先発して4打数1安打。チームは1対6で敗退している。

 2季連続出場となった3年春のセンバツは1991年である。「四番・エース」として全国舞台に戻ってきたが、準優勝する松商学園高(長野)との初戦で2対3。イチローは5打数ノーヒットと精彩を欠いた。のちに、周囲の関係者に「甲子園に良い思い出はない」と語っているが、夢舞台では苦い経験を味わっている。

 もちろん、チームの勝利が大前提であるが、プロ入りを目指していたイチローにとって、甲子園はスカウトへのアピールの場だった。

 前年夏も勝利の校歌を歌えなかったことから、同春にかける意気込みは半端ではなかった。いつも試合前は、誰も寄せ付けないほどオーラを放ち、集中力を高めていたという。センバツ初戦は第1試合。チームの起床時間は朝4時に設定されていたが、倉野光生コーチ(現監督)によると、イチローは2時から単身でウォーミングアップを始め、4時の段階ではベストコンディションに整えていたという。

 ほぼ不眠で、球場入り前からテンションは最高潮に達していたのだ。イチローも高校生。あまりの責任感の強さが、空回りしてしまった。ある関係者によると、打席では気持ちばかりが先走って、本来はグッと我慢しなければならない右肩が、かなり開いていたという。いつもの打撃を披露できなかったのだ。

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最終更新:3/23(土) 12:39
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