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【60年代の国産スポーツカー 05】ダットサン フェアレディは近代スポーツカーへの足がかりとなった意欲作だった

3/23(土) 18:00配信

Webモーターマガジン

「ダットサン フェアレディ2000(SR311型 1967年3月発表)」

1961~70年は、日本の近代スポーツカーが飛躍的に進化した10年だった。この時代に矢継ぎ早に投入された新型スポーツカーは、まさに日本の自動車技術の進化の歴史と言っていい。そしてこの時代のスポーツカーの多くがモータースポーツの世界でも活躍した。そんな飛躍の10年を彩ったマシンを振り返ってみる。第5回目は「ダットサン フェアレディ」だ。

日産ヘリテージコレクションは名車の宝箱だった

そもそもは日産の源流だったが、今や日産の海外ブランドのひとつとなり、日本では消えてしまった「ダットサン」。そんなダットサンによる近代スポーツカーの先駆けとなったのは、1957年に発表され、59年から生産されたダットサン スポーツ1000(S210)だった。

1960年、初めて「フェアレデー(フェアレディではない)」を名乗ったスポーツカーのSPL212は、S210のFRPボディをスチールにして品質の安定を図ったものだった。だが、4輪リーフリジッドサスなどの基本設計が古く、欧州スポーツカーとの性能差は明らかだった。

そして1961年、フェアレディ1500(SP310)が登場(発売は62年)。低床ラダーフレームと5.60-13タイヤで車高を下げ、310型ブルーバードと同じ前輪独立サスを得て、近代スポーツカーへの道を歩み出す。エンジンは1.5LのG型を搭載していた。フロントシートの後ろに横向きのリアシートが備わる3人乗りだったのがユニークだった。

さらに1965年、SP310はフェアレディ1600(SP311)に進化する。エンジンはR型の1.6Lに換装された。初代シルビアとシャシを共用し、フロントディスクブレーキを採用するなど、高速性能を高めて人気を得る。

そしてSP310誕生から6年後の1967年、フェアレディの最終型として登場したのがフェアレディ2000(SR311)だ。

エンジンはOHVからSOHCのU20型 2.0Lに進化。ソレックスキャブレターの2連装で145psを発生し、最高速度は205km/hを謳った。デビュー直後の第4回日本GP(GTレース)に出走し表彰台を独占して実力を示した。優勝は黒沢元治選手だった。

だが、市販型は旧式のシャシと5.60S-14タイヤだったからパワーを吸収できず、とんでもないジャジャ馬ぶりに手を焼かされたものだった。

そして、1969年にクローズドボディのフェアレディZの登場とともに、フェアレディ2000は惜しまれつつ姿を消すことになる。しかし、この優雅なスタイリングに憧れも抱くファンは今も多い。

フェアレディ2000(1967年)主要諸元

・全長×全幅×全高:3910×1495×1300mm ・ホイールベース:2280mm ・車両重量:910kg ・エンジン・型式:直4SOHC・U20 ・排気量:1982cc ・最高出力:145ps/6000rpm ・最大トルク:18.0kgm/4800rpm ・サスペンション前/後:ダブルウイッシュボーン/リーフリジッド ・発売当時価格:88万円

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