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F1開幕戦前日に急逝した審判部長。ベッテル、ボッタスらが捧げた感謝。

3/24(日) 10:01配信

Number Web

 開幕戦で恒例となっている、ドライバー全員が集合して行われるホームストレート上での記念撮影。終了後、もうひとつの撮影会が待っていた。

 そこにはドライバーだけでなく、FIAのスタッフや各チームの首脳陣の姿もあった。彼らの前には一枚のボードが立っていた。

 「THANK YOU,CHARLIE」(ありがとう、チャーリー)

 F1オーストラリアGPが幕を開ける前日の3月14日に、肺塞栓症で急逝したF1レースディレクターのチャーリー・ホワイティングへの追悼メッセージだった。スタート前のセレモニーでは、オーストラリアの国歌斉唱前に1分間の黙祷が捧げられた。

 グリッド上にいるドライバーだけでなく、チームスタッフたちも腕に黒い腕章を巻いて敬意を表し、多くのチームがマシンに追悼メッセージを掲載していた。

 ホワイティングは1977年にメカニックとしてF1でのキャリアをスタート。ブラバム移籍後の'81年と'83年には、チーフメカニックとしてネルソン・ピケのチャンピオン獲得をサポートした。

F1界の審判部長とも言える存在。

 その後、エンジニアとしても腕を磨いたホワイティングは、その多彩な経験が買われて、FIAにF1技術部門責任者として加入。'97年からは、F1のレースディレクターとしてレース週末全体を統括してきた。

 わかりやすく例えるなら、F1界の審判部長とも言える存在だった。

 コース上で起きるアクシデントはもちろん、コース外で発生する事件に関してもジャッジを下す立場にあるホワイティングには、毎グランプリ多くの質問や要求が寄せられ、時には批判を受けることもあった。

ベッテルの暴言騒動と信頼関係。

 中でも最も印象深かったものが、'16年メキシコGPのセバスチャン・ベッテルからの暴言だろう。レース中に自分が不利を受けたにもかかわらず、ホワイティングが相手に罰則を与えなかったとして、無線で怒りを爆発させたのだ。

 「いいか、これがチャーリーへのメッセージだ。F*** off! マジで! F*** off!」

 F*** offは当然放送禁止用語で、「消え失せろ」というような侮辱的な意味を持つ。欧米では公の場で使う言葉ではない。なぜ、ベッテルはそんな暴言を吐いたのか。ホワイティングのことを憎かったわけではない。ベッテルはグランプリ開幕前日のコースの下見を時折ホワイティングと一緒に歩いて行なっていたほど、密接な関係を築いていたのだ。

 むしろそのホワイティングへ対する信頼が、「なぜ、自分の気持ちをわかってくれないのか?」という甘えに変わり、ベッテルの感情をコントロール不能にしたのではないか。

 ベッテルは、レース直後にホワイティングへ暴言を謝罪。FIAもホワイティングの顔を立てたのか、例外的に懲戒処分を科さなかった。

 ホワイティングとベッテルの関係はそのような事件があった後も、変わらなかった。むしろ、絆は強くなっていった。今年の開幕戦の地、メルボルンでもホワイティングとともにコースの下見を行なうベッテルの姿があった。

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最終更新:3/24(日) 10:01
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