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「ジェネレーションフリーの社会」の発想が、 年金制度の行き詰まりも打開するvol.3

3/27(水) 8:02配信

Meiji.net

「ジェネレーションフリーの社会」の発想が、 年金制度の行き詰まりも打開するvol.3

北岡 孝義(明治大学 商学部 教授)

少子高齢化によって、世代間扶養の公的年金制度は限界にきているという議論をよく耳にします。そこで、マクロ経済スライド制の導入など、様々な対策が考えられています。しかし、そうした対策には、本質的な問題に正面から取組む発想がない、という指摘があります。

◇働くことが苦痛であることこそ問題

もちろん、高齢者の中には健康に問題がある人もいるし、65歳でリタイヤし、後はゆっくり余生を送りたいと思っている人もいるでしょう。

すべての高齢者が働く意欲をもっているわけではありません。人はそれぞれです。

しかし、それだからこそ、65歳で一律に退職させる定年制もおかしくないでしょうか。

アメリカやドイツ、イギリスでは定年制を廃止しています。なぜなら、定年制は人権問題に関わるからです。定年制とは、労働者一人ひとりの要望に応ずることなく、一定の年齢で一斉に、強制的に会社を辞めさせることだからです。すると、65歳定年を前提とした年金制度も、おかしいことに気がつくのではないかと思います。

しかし、働くのはもう65歳で十分だと思っている人も多いと思います。それは、若いときから大変な思いをして働いてきたからでしょう。家族を養うために、通勤ラッシュにも、長時間労働や過酷なノルマにも、時として理不尽なパワハラにも耐えて働いてきたからでしょう。

もちろん、家族のために頑張って働くことはすばらしいことです。しかし、働くということは、家族のためだけではなく、さらにプラスアルファがあるはずです。本来、働くことは、自分の夢を叶え、自己実現するための、やり甲斐のある楽しいことのはずです。

人生の大部分を占める「働く」という行為は、家族のため、そして働く一人ひとりの幸せのためにあってしかるべきです。

働くことが苦痛ではなく幸せなことであれば、元気で体力がある限り、75歳になろうが、100歳になろうが、みんな働くことを止めないはずです。

そもそも年金制度は、原則、病気や体力的に働くことできなくなった人たちにこそ手を差し伸べる制度であるべきです。決して、高齢者になれば一律に給付するべきものではないはずです。

高齢者の働き方の問題を契機として、雇用制度、職場環境、企業のあり方、職業教育、金融・証券制度、ひいては社会のあり方を抜本的に変えていこうとするのが「ジェネレーションフリーの社会」の発想なのです。

※取材日:2017年12月

次回:抜本的改革には多様性を尊重する発想が必要(3月28日8時公開予定)

北岡 孝義(明治大学 商学部 教授)

最終更新:3/27(水) 8:02
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