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『いだてん』美濃部孝蔵役・森山未來、インタビュー

3/29(金) 12:16配信

otoCoto

1912年(明治45年)、ストックホルムではじめてオリンピックに参加した日本人・金栗四三(中村勘九郎)と、1964年(昭和39年)、日本にオリンピックを招致した田畑政治(阿部サダヲ)のふたりを主人公として描く大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」(日曜よる8時~)。
現在、主に明治の金栗のことを中心に描いているところで、同時代に生きた落語家・古今亭志ん生(ビートたけし)の若き頃・美濃部孝蔵を演じているのが、森山未來だ。走ることに魅入られた四三と同じく、美濃部は落語に魅入られて修業中。
3月31日(日)放送の第13回「復活」は、この三ヶ月の放送のなかでも神回になりそう。孝蔵(森山未來)が語る落語「富久」と、オリンピックで走る四三(中村勘九郎)との重なり合いによって、ふたりの人生が重なっているような印象を受けるような名シーンになっているという。その放送を前に、森山未來にインタビューした。



──のちの志ん生、美濃部孝蔵を演じる上で意識していることを教えてください。

志ん生は、“落語の神様”と呼ばれているだけあって、出演したラジオの音源やレコード、テレビの映像などの資料がたくさん残ってはいますが、あいにく晩年のものばかりで、戦後、満州から帰ってきた60歳前後やそれ以前の明治、大正の頃の志ん生がどうだったかを知る手立てがないんです。若い頃の自分を語っている自伝的な本はあるのですが、そこは噺家らしくかなり話を盛られているようで、名前を変えた回数も生まれた年も記録によってまちまちだし、なんなら自分の母親の名前までまちまちで(笑)。円喬に弟子入りしたという話も、実は違うっていう説も濃厚で……。そんな状況なもので、若い頃の志ん生を知っていた方々の文章などから人物像を推測するしかなく、とにかく志ん生について書かれた本を読みました。

でも、そもそもぞろっぺいな奴と言われていますが、ほんとうにそうだったのかもわからないんですよ。酒をたくさん飲んで散々しくじっていたとしても落語だけはちゃんとやっていたわけで。師匠の円喬のようなしっかりした落語を実は好んでいたとも言われますから、あえて真逆なやり方を選んだのかもしれないですよね。誰かが書いていましたが、よく志ん生と並び語られる桂文楽が楷書ならば、志ん生は草書のようだって。それも極端な草書。志ん生がほんとに憧れていたのは円喬であり、文楽であるとすれば、初期の頃は、硬い喋りでうまいけど面白くはない、というふうにやったほうがいいかのなとも考えました。考えたところでできないんですが(笑)。

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最終更新:3/29(金) 12:23
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