ここから本文です

インド・パキスタン関係の緊張はなぜ高まったのか

3/29(金) 12:47配信

Wedge

 2月14日、カシミール地方のインド支配地域で、インドの治安部隊のバスを狙ったイスラム過激派による自爆テロがあり、少なくとも44人が死亡、同地域で過去20年間に起きたテロ事件で最悪の犠牲者数であるという。イスラム過激派組織「ジェイシモハメド」が犯行声明を出し、印パ両政府は互いに相手方を非難し合った。さらには、2月26日インド空軍の戦闘機が事実上の印パ国境である「管理ライン(LOC)」を越えたのみならず、明確なパキスタン領内まで侵入してテロリスト・キャンプを攻撃し、翌27日には逆にパキスタン軍がLOCを越えてインド側を攻撃し、エスカレーションの危機が一気に高まった。他方、パキスタンは戦闘に際して捕捉したインド軍パイロットを解放し、自制の姿勢も見せている。

 今回の印パ関係緊張の背景には、2つの大きな要因がある。1つは「ジェイシモハメド」が活動を再活発化していることである。指導者マスード・アズハルの復活は大きい。マスード・アズハルは、2001年のインド議会の攻撃の首謀者と見られているが、その後姿を消した。それが2014年に再び姿を現し、それに呼応するかのように「ジェイシモハメド」が活動を再活発化した。また、アルカイダとISがカシミール地方でのテロ行為を活発化したので、「ジェイシモハメド」がカシミール地方におけるテロ活動の主導権を取り戻そうとして活動を再活発化しているということも考えられる。

 もう一つの要因は、カシミールの不安定の力学が変わったことである。伝統的にパキスタンはカシミールでの反乱を扇動してきたが、最近、特にインドの治安部隊が2016年にカシミールの若い過激派指導者ブルハン・ワニを殺害して以降、カシミール在住者がインドの治安部隊に対し、長年の不満を爆発させるようになり、「ジェイシモハメド」がカシミール在住者の中から過激派要員を集めるようになった。

 このカシミール地方におけるイスラム過激主義の高まりは軽視すべきではない。インドの著名なテレビ・ジャーナリスト、バーカ・ダットは、ワシントン・ポスト紙に2月14日付けで掲載された論説‘Everything will change after the Kashmir attack’で、「教育を受け、比較的裕福な若者が、銃のみならず、カシミールの『イスラム共同体』を信奉している。今回の自爆テロの実行犯はテロの現場の近くに住む22歳の青年で、武器と弾薬を身にまとい、『聖戦』への参加を呼びかける青年のビデオがソーシャルメディアで配布されている」などと指摘している。インド人の論説なので、多少割り引いて考える必要はあるかもしれないが、カシミール在住パキスタン人の若い世代の間で、攻撃的なイスラム主義の感情が広がっており、カシミール情勢の新しい、危険な要因となっているのは確かなようである。

 インドとパキスタンは、ともに核保有国であるから、緊張のエスカレーション、とりわけ核戦争のような事態に至り得るのかは、特に懸念されるところである。これに関しては、Sumit Ganguly(インド文化・文明専門のインディアナ大学教授)が、Foreign Affairsのサイトに3月5日付で‘Why the India-Pakistan Crisis Isn’t Likely to Turn Nuclear’と題する論説を寄稿し、「現在の印パ危機が核戦争になるのではないかとの恐れが表明されることがあるが、そんなことはありそうにない」と論じている。基本的にはその通りであろう。

 戦後の世界が大国間での戦争がないという意味で、平和であったのは核兵器が存在し、その戦争抑止力が強かったからであると思われる。印パ両国ともに核兵器保有国であり、その結果、核戦争を避けることを重視せざるを得ないから、紛争をその瀬戸際までエスカレートさせることを躊躇せざるをえないとの事情がある。その意味で、核兵器は戦後の世界の平和を守ってきたのであり、その論理は印パ関係にも当然適用されるだろう。

 ただ、今回インド側がこれまでの戦闘のルールを変え、LOCを越えたのみならず明確なパキスタン領まで攻撃対象にしたことは、驚きである。インドのモディ首相は、5月までに行われる予定の総選挙で、各州において予想外に苦戦している。モディは強い姿勢を示す必要に迫られている。パキスタンへの強硬な言辞等は出て来るであろう。しかし、パキスタンとの紛争をエスカレートさせ、核戦争の危険を冒すことはないと判断しておいてよいと思われる。パキスタンは捕捉したインドのパイロットを返還し、対話を呼び掛けている。国際社会としても対話による解決を後押ししていくべきであろう。他方、パキスタンはテロリスト・グループを真剣に抑える必要がある。印パの緊張はパキスタン側のテロリストが原因で発生することが多いが、そういうことはパキスタンが防ぐ責務を負っている。

岡崎研究所

最終更新:3/29(金) 12:47
Wedge

記事提供社からのご案内(外部サイト)

月刊Wedge

株式会社ウェッジ

2019年6月号
5月20日発売

定価500円(税込)

■特集 漂流する部長課長―働きたいシニア、手放したい企業
■米国の出口なき中東戦略―イランの「脅威」を煽るトランプの思惑
■再エネをフル活用しても脱炭素社会は幻想

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事