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鈴木奈々、読モ時代に「すっごい悔しかった」思い出と藤田ニコルからの言葉

3/30(土) 18:00配信

週刊女性PRIME

「“読モ出身”は私の誇り! ギャル時代サイコーでした」

【写真】鈴木奈々の『Popteen』撮影時の秘蔵写真はコチラ!

なりたい職業は“ギャル雑誌のモデル”だった

 愛されるおバカキャラとして多数のバラエティー番組に引っ張りだこの鈴木奈々(30)。いまはバラエティータレントとして活躍しているが、8年前まではギャル雑誌の読者モデルとして活動していた。そんな鈴木にギャル文化への思いを聞いてみた。

「ギャルに憧れ始めたのは小学生のとき。雑誌『egg』のモデル“ゴングロ3兄弟”が大好きで、卒業文集の将来なりたい職業に“ギャル雑誌のモデル”って書いていました」

 と振り返る鈴木。ギャル願望は成長しても変わらなかった。

「中学生になってからは『Ranzuki』、高校生になったら『Popteen』と、ギャル誌ばっかり読んでました! 読モになったのは高3のとき、Popteenモデルだった益若つばさちゃんの握手会に行って、つばさちゃんから直接スカウトしてもらったのがきっかけなんです」

 益若つばさといえば“平成が生んだ100億円ギャル”と称されたほどの経済効果を生んだ大人気モデル。鈴木もまた誌面で人気を博したかというと、

「23歳までPopteenに出させていただいたんですけど、人気はずっと真ん中ぐらい。1位にもビリにもならない(笑)。私が出始めのころはつばさちゃんが1番人気だったんですけど、彼女が卒業してからは、くみっきー(舟山久美子)が出てきて、すぐ1人で表紙を飾った。

 あとから入ってきたコにソッコー抜かれたのは、すっごい悔しかったですね。私は結局、ピン(1人)表紙はできなかった」

 当時の読モの人気ぶりと、競争の激しさがうかがえる。それでもギャル雑誌に出たいと思えたのは……。

「やっぱりギャルが大好きだったから! 茨城から片道2時間かけて撮影に行っても、ギャラが時給1000円。撮影用の私服代のほうがお金がかかってた。でも、大好きな雑誌に出られることのほうがうれしかったから、むしろお金なんていらなくて。

 人気が出るようになってからは、プリクラ機のイメージモデルやカラコンのプロデュースなど、いろんなお仕事もいただけるようになりました。

 発売日になると、おじいちゃんがいつもコンビニへPopteenを買いに行って、私が出ているページを額に入れて飾ってくれていて。おじいちゃんの家は私の写真だらけ(笑)。毎月、楽しみにしてくれていたのがうれしかった!」

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最終更新:3/30(土) 18:00
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