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高校時代のあだ名は「じい」皇太子さまの半生を写真で回顧

3/31(日) 6:01配信

SmartFLASH

 2月23日に59歳の誕生日を迎えられた皇太子さま。「象徴としての務めを果たしたい--」と改めて決意を述べられた。御代替わりまで残すところわずか、「次代天皇陛下」の素顔に迫る。

 1960年2月23日にお生まれになった皇太子徳仁親王(ご称号は浩宮)は、幼少のころから活発な少年だった。御養育係を務めた故・浜尾実さん(2006年に逝去)は、かつてメディアでこう話していた。

「御所の広い庭の中を、自転車の後について走りまわると、もうへとへとです。これで終わりかと思っても、『おーちゃん、鬼ごっこをしよう』と」

 皇太子さまが大好きなのは野球。放課後になると、友達を誘って野球を楽しまれた。二十六世観世宗家の観世清和氏(59)もその1人だった。

「殿下が、『観世君、放課後どう?』と聞かれる。でも帰宅して能の稽古があるとお察しになると、申し上げづらそうな私のことを思い、途中でお誘いを止められた」

 当時、殿下は巨人の末次利光・元選手(76)の大ファンだった。末次氏は当時のことを、こう語る。

「1971年の日本シリーズ第4戦の、私の満塁弾を球場でご覧になっていたそうですね。直接お話ししたことはありませんが、のちに私のファンだと聞き、最高に嬉しかったです」

 皇太子さまの高等科時代のあだ名は「じい」。同級生だった故・野村万之丞さん(2004年に逝去)らがつけた。野村さんは、その由来をかつてこう答えていた。

「彼(皇太子さま)が中学の卒業記念に弾いた『G線上のアリア』と、もともと盆栽などをいじっていて、爺くさかったから」

 皇太子さまは、学習院大学文学部史学科で同じゼミだった塾経営者の乃万暢敏氏(59)はこう話す。

「入学前に大学から呼び出され、殿下と同じ科目を取得するように頼まれました。入学式も隣の席。『殿下のボディガード役をやってほしい』ということでしたね」

 皇太子さまには10歳の頃から大学時代まで、そしてのちにご息女・愛子さまにもスケートを指導した、元五輪選手の長久保初枝氏は、一流のスケート技術を称賛する。

「皇太子殿下のスケーティングは、とても綺麗でした。一度500mの記録をお計りしたら、60秒台後半でしたね」

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最終更新:3/31(日) 8:18
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