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難関・灘中学の「算数」もスラスラ解けるようになる勉強法とは

4/3(水) 8:00配信

幻冬舎ゴールドオンライン

本記事は、学習塾・灘学習院の学院長である江藤宏氏の著書『東大・京大に合格する子どもの育て方』より、難しい算数の問題がスラスラ解けるようになる勉強法を取り上げます。

教えるのではなく、子どもの頭を動かし続ける

大切なのは、どうすれば頭が動くのかを理解することです。このポイントを納得していただけたら、なぜ「わかるように教える」ことがダメなのかも了解いただけるのではないでしょうか。考えなくても「わかる」よう教えられていては、いつまで経っても子どもの頭は動きません。

頭を動かすキッカケは、疑問を持つことです。従って「なぜ?」「どうして?」がマジックワードになるのです。もしかすると日本では、「教師」という言葉が、多くの先生たちの呪縛となっているのではないかと危惧しています。

教師とは、教える師と書きます。『大辞泉』(小学館)には、その意味は「学校などで、学業・技芸を教える人。先生。教員」と記されています。

問題は「教える人」とある点です。これに日本人の好む「間違いを許さない気質」が加わるとどうなるか。例えば「原子力発電所は、事故など絶対に起こしてはならない。だから事故など100%起こらないように設計する」と考えれば、万が一、事故が起こった時の対応がよく練られていなかったり、シミュレーションがなされていなかったりします。その結果が、どうなったかを私たちは貴重な教訓として学びました。

学校の教師も同じではないでしょうか。教える人なのだから、万が一にも間違ってはいけない。きちんとわかりやすく教えることができなければならない、などと教師自身が思い込んでいるとどうなるか。

まじめな教師ほど、授業に備えて調べ物に時間をかけるでしょう。わかりやすく教えるために、あの手この手とできる限りの工夫を繰り出すはずです。子どもたちから質問されて、答えられないようなことがあっては絶対にならないと考えるのかもしれません。

そうした努力を重ねた結果が、わかりやすい授業となり、わかりやすいがために、子どもたちは何も考えずに聞いているだけになる。それが結局は考えない子どもを生み出しているのだとしたら、これほど皮肉なことはありません。

先生たちには、ぜひとも意識改革をしていただきたい。教師ではなく『考師』となるべきです。この言葉は私の造語ですが、要は子どもたちが考えるように仕向けて導く役を務めるのです。ですから考師自身が、最初から何もかもわかっている必要などまったくありません。もちろん、すべての教科、授業についてそうだというわけではなく、知識を伝える授業が必要なことは理解しています。

ただ、子どもと一緒に考え、子どもたちの考えを深めてあげる時間も大切にしてほしい。時にはそういう意識を持って、授業を行うことはできないでしょうか。

とにかく、どうすれば子どもたちが考えるようになるか。それだけにテーマを絞った授業をしてみる。子どもたちの集中力が途切れそうになった時には、まず励ましてあげる。考え抜けば最高の勉強になるのだから、もう少しがんばろうと考えることの大切さを語りかける。そうやって、もう一度考える気持ちを引き起こしてあげる。これが教師の役割だと考えれば、気の持ちようもずいぶんと変わってくるはずです。

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最終更新:4/3(水) 8:00
幻冬舎ゴールドオンライン

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