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笑撃そっくりショー! 面白映画『バイス』が暴く政界ウラ側の衝撃

4/5(金) 9:01配信

FRIDAY

コメディの名手が変幻自在のテクニックでホワイトハウスを超エンタメ化! ブッシュ政権“影の支配者“はチェイニー! その彼を操ったのは誰?

アメリカのブッシュ政権(息子の方)で副大統領を務めたディック・チェイニー。ブッシュ政権を影で操り、あの悪名高きイラク戦争へと導いたこの男を、人々は「政界のダース・ベイダー」と呼んだ。

【驚きのそっくり写真】笑撃! 面白映画『バイス』が暴く政界ウラ側

映画『バイス』(4月5日公開)は、現代米国の政治史上最も謎に包まれ、悪徳に満ちた政治家ディック・チェイニーの裏側に迫った野心作だ(原題のVICEは、副大統領の“副“と“悪徳“の二重の意味を持つ)。ゴールデン・グローブ賞で主演男優賞を獲得。本年度アカデミー賞でも8部門(作品、監督、脚本、主演男優、助演男優、助演女優、編集、アカデミーメイクアップ&ヘアスタイリング)にノミネートされた。

本作の主人公ディック・チェイニーを演じるのはハリウッドきっての役者バカと名高いクリスチャン・ベール。2004年の『マシニスト』で30kgの減量を敢行し、骨と皮だけのやせた姿になったかと思えば、1年もたたないうちに『バットマン ビギンズ』で45kgの増量を成功させマッチョな肉体に変貌し、観客の度肝を抜いたことは今や伝説だ。

その後も2010年の『ザ・ファイター』で13kg減量(アカデミー助助演男優賞受賞)。2014年の『アメリカン・ハッスル』で20kg増量と、役作りのためには手段を選ばないその壮絶な姿勢は、我々に常に驚きを提供している。そして今回の『バイス』でもおよそ20kgの増量を図ったというから役者バカの面目躍如だろう。

だが、言うまでもないが、急激な体重の増減は心臓病のリスクがある。さすがのクリスチャン・ベールも40歳を超えて、家族の心配する声を無視できなかった。そこで本作では栄養士に相談。パイや卵を大量に摂取しながら、健康的な方法で(?)体重を増やしたとアナウンスされている。

ちなみに、心臓発作という持病を持つチェイニーを演じるにあたり、ベールも心臓発作についていろいろと調べ、演技に取り入れた。その演技を間近で見ていたアダム・マッケイ監督自身はヘビースモーカーだったが、ある日、自分の症状が、ベールが演じたチェイニーの姿に似ていることに気づいた。そこで病院に駆けつけてみると、心臓病を早期発見。事なきを得たという。マッケイ監督は後に「僕を助けてくれたのはクリスチャンかチェイニーのどっちかだよ」と笑っていたという。

やせた俳優が、まったく別人に変ぼうし、高い評価を受けた…、という話を聞くと、『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』(2017年)に主演したゲイリー・オールドマンを思い出す。メイクアップアーティスト辻一弘氏(アカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞受賞)の特殊メイクの力を借りて、丸々と太ったイギリスのチャーチル首相に変身したオールドマンの姿はまったくの別人で、映画ファンを驚かせた(自らもアカデミー主演男優賞受賞)。そんなオールドマンとベールの役作りのアプローチの違いについて、米「バラエティー」誌に掲載された二人の会話が最高なのでここで引用したい。

ベールが「チャーチルになるために何キロ太ったんだい?」と尋ねると、「なんで? 全然太ってないよ」とオールドマン。それを聞いたベールは「なんてこったい。僕は馬鹿だったよ。僕は今まで実際に体重を増やせばいいと思っていたけど、映画の特殊メイクがこんなに進化していたなんて知らなかったよ!」と嘆いたという。

そのアドバイスが念頭にあったのかどうかは不明だが、63歳のチェイニーになりきるために、ベールは1日5時間近くかけて特殊メイクを施し、撮影に挑んだ。そうした肉体改造と特殊メイクによって作り上げた見た目はもちろんのこと、時折見せる邪悪な表情も相まって、「ダース・ベイダー」のような悪の魅力に満ちあふれたキャラクターに仕上がった。結果、本作はアカデミー賞でメイクアップ&ヘアスタイリング賞を獲得した。

『バイス』にはチェイニーをはじめ、ジョージ・W・ブッシュ大統領、パウエル(国務長官)、ライス(大統領補佐官)、ラムズフェルド(国防長官)といった我々の知る実在の人物が次々と登場。そのたびに、思わず「似ている!」と笑ってしまう。しかもそれらを演じているのが、アカデミー賞受賞者やノミネート経験者を中心としたハリウッドを代表する芸達者ぞろいだから、そのクオリティーも折り紙付きだ。

特にブッシュ大統領を演じたサム・ロックウェルのなりきりぶりは特筆すべきものがある。チェイニーが「キミ(ブッシュ)は物事を勘で決めるリーダーだ。それなら私が平凡な任務を担当できるかもしれない」と言いながら、官僚や軍、エネルギー政策から外交政策に至るまで、あらゆる実権を掌握しようと悪巧みを企てる。ブッシュはその前でフライドチキンにかじりつき、手に付いた脂をチュパチュパッとなめながら「それいいね!」と無邪気に語る。このシーンは予告編にも印象的に使われていたが、ブッシュの脳天気さをこれ以上なく表現していて笑える。

かくしてブッシュ政権を陰で操り、強大なる権力を手中に収めたチェイニーだが、そこに至るには妻のリン・チェイニーの存在を忘れるわけにはいかない。ディックがイェール大学を退学したときも、飲酒運転を起こして人生のどん底に落ちた時も、リンの励ましが彼を立ち直らせた。女性の社会進出が今ほど進んでいなかった時代、リンは自分の中にあふれる野心・野望を夫のディックに託した。話し下手なディックと違い、リンのスピーチは大勢の聴衆を大いに魅了。夫の躍進に大いに貢献した。ブッシュ政権の影の支配者と言われるチェイニーだが、その裏では妻のリンに尻を叩き続けられ、コントロールされてきたというのは面白い皮肉だ。

ブッシュ政権下において、チェイニーが副大統領についていたのは2001年から2009年。この映画の登場人物は存命の人物が多く、人々の記憶もまだまだ生々しい。そんな最近の政治家を題材にして、1本の映画に仕上げたというから、アメリカのエンターテインメント業界は奥深い。プロデューサーには、ハリウッドスターのブラッド・ピットやウィル・フェレルも参加している。

当然ながらディック・チェイニー本人には許諾をとっていない。マッケイ監督は「だってチェイニーに許諾をとったら、彼が入れるなということは入れられなくなるじゃないか」と語る。娘のリズ・チェイニーは「わたしはこの映画は観ていないけど、お父さんは大好きよ」と語るなど、不快感を隠していない。

監督のアダム・マッケイは、アメリカの人気コメディ番組「サタデー・ナイト・ライブ」の出身。同番組は、政治風刺のコントが名物で、その時々の政治家や大統領などをちゃかしてみせるのが特色だ。本作でも、重厚な政治劇が展開されるのかと思ったら、いきなり「サタデー・ナイト・ライブ」らしいパロディ、風刺などが織り込まれる。マッケイ監督の前作『マネー・ショート 華麗なる大逆転』でも、そのポップで自由奔放な語り口が印象的だったが、本作はそれがさらに進化。「政界のダース・ベイダー」と呼ばれた男の底知れない人物像を毒っ気たっぷりに描き出し、観客をゲラゲラと笑わせながらも、やがて背筋をゾーッとさせてくれる。

この『バイス』、第91回アカデミー賞で作品賞にノミネートされた全8作品(下記、日本公開順)で、一番最後の日本公開となった。

『ブラックパンサー』18年3月1日公開
『ボヘミアン・ラプソディー』18年11月9日~公開中
『ローマ』18年12月15日~Netflix配信中、19年3月9日~公開中
『アリー スター誕生』18年12月21日公開
『女王陛下のお気に入り』19年2月15日~公開中
『グリーンブック』19年3月1日~公開中
『ブラック・クランズマン』19年3月22日~公開中
『バイス』19年4月5日~公開中

ノミネート8作品はどれもが傑作だ。本国では作品賞『グリーンブック』という結果はすでに出ているが、我々の“心のアカデミー賞作品賞”発表はこれからだ。日本の観客が追体験できる2019年のオスカーレース8番勝負もいよいよ本作がフィナーレ。だが、最終戦にして、ラスボス級の面白い作品がやってきた。読者の皆さんの“作品賞”はいかに? スクリーンで確認してもらいたい。

文:壬生智裕
(みぶ・ともひろ)映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。年間数百本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、特に国内映画祭、映画館などがライフワーク。

最終更新:5/23(木) 17:04
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