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難民キャンプで暮らすIS戦闘員の妻と子、今後の処遇にまだ答えなし

4/6(土) 17:11配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

 シリア北東部ハサケ県、アルホル難民キャンプ。ここに到着したトラックの荷台から、憔悴しきった様子の女性と子どもが続々と降りてきた。その多くは過激派組織「イスラム国」(IS)戦闘員の妻と子どもたちで、IS最後の拠点だったデリゾール県バグズから最近逃がれたり、投降してきたりした人々だ。

ギャラリー:難民キャンプで暮らすIS戦闘員の妻と子 写真13点

 彼女たちは、埃にまみれたわずかな手荷物を袋やスーツケースに押し込み、子どもたちを連れて何時間も移動してきた。保守的なイスラム教徒の証である黒いベールと、ゆったりとした長い服を身に着けている。歩いてキャンプに入る人ばかりではない。半分意識を失ったまま担架で運ばれる人もいれば、粗末な車いすに座った人もいる。敵意をのぞかせる人も、安堵の表情を浮かべる人も、皆一様に腹を空かせ、疲れ切っている。

 人道支援活動を行っているNGO「国際救済委員会」(IRC)の推定によると、2019年3月上旬には、まる2日で5000人以上の女性と子どもたちがキャンプへ到着した。2018年12月以降、6万人近くが押し寄せ、キャンプは崩壊寸前に陥ったという。急性栄養失調や肺炎、低体温症、下痢のため、子どもを中心に約100人がキャンプへ移送中または到着直後に死亡した。国連によると、世界の難民の数は6500万人以上にのぼり、第2次世界大戦以降最多となった。

 米国が支援するシリア民主軍は3月末ごろ、ISが最終拠点としていたバグズの残りわずかな区域を制圧し、勝利を宣言した。その6週間前から激しい砲撃と軍事衝突が繰り返されるなか、シリア民主軍の設置した「人道的回廊」を通って、戦闘員の家族数万人が投降した。彼女たちは、おそらく戦闘中は人間の盾として利用され、わずかな食料と医薬品だけで不衛生なトンネルや洞窟に身を隠していたが、その多くは、今でもISを支持し続けている。

 この非常事態に、シリア国内外の支援団体や政府の組織は慌ただしく対応に追われているが、到着した難民たちがこれほど悲惨な状態にあるとは、誰も予想できなかった。ISへの揺るぎない忠誠心を捨てず、過激なイスラム教の教えを固く信じる女性や子どもを、この先どうすればいいのだろうか。

 子どもたちはやせ細り、目はうつろで、トラウマと空腹に襲われ、混乱の中にあった。小さな骨ばった体には、泥や汚れがこびりついたままだ。これほどの悲惨な状態においても、女性たちはISの素晴らしさを信じ、崩壊寸前の現状を嘆く。彼女たちの出身は、ロシアのコーカサス地方、キルギスタン、イラク、シリア、フィンランド、フランス、英国、米国など様々だが、一部の女性はいまだにISが台頭しはじめた頃の思い出に浸り、近い将来何らかの形でカリフ(指導者)が再来するのではと期待している。

 フィンランド、ヘルシンキ出身のサナーさん(47歳)は、「初めて『カリフ国家』(ISが支配していた地域のこと)へやってきたときは、普通の暮らしをしていました。居心地もよかったです」と語る。「子どもたちは学校へ通い、普通に日常生活を送っていました。けれど1年半がたったころ、爆撃が始まり、全てが変わってしまいました」。ベールを着用しているため、外から見えるサナーさんの肌は、疲れ切ったガラス玉のような目の周りと荒れた手だけだ。4年前に、モロッコ人の夫とともにフィンランドを離れ、カリフ国家に移り住んだ。その間に、4番目の子を出産した。13歳の娘は既に結婚している。

「私の母に、赤十字か政府か、誰でもいいから連絡して、私たちをここから連れ出してと伝えたいです。フィンランドに戻りたい。もう4年半になります。4人の子どもを抱えて、今はここに来たことを後悔しています。ここはひどい場所です。もうこんなところにはいたくないけれど、過去を変えることはできません」

 ミリアムさん(29歳)は、ロシアのコーカサス出身だ。3人の子どもたちはみなやせ細り、髪も薄くなっている。深刻な栄養不良の兆候だ。一番下のファティマちゃん(1歳)は、母親が支援団体から受け取ったばかりのパン切れをビニール袋から出すのをじっと見つめている。栄養不良のため泣くことも叫ぶことも、パンに手を伸ばすことすらできない。ISのバグズからやっとの思いで逃れてきた他の子どもたちも同様だ。

 戦争のさなかにいる子どもたちは、幼い頃からあまりに多くのことを強いられる。学校にも行けず、公園で遊ぶことも、社交性を学ぶこともできない。普通の子どものように笑ったり転げまわったりせず、明らかに心の傷を負った様子で、ただ疲れ切って無表情なまま座り込むだけだ。その姿は、無邪気な年頃に、既にどれだけ凄惨な場面を目にしてきたかを物語っている。他人はそれを想像することしかできない。わずか7歳で、年下の兄弟の世話を強いられ、おむつを替え、泣く子をなだめ、危険から守る。彼らの子ども時代は奪われ、親が崇拝するシリアの土地に置き去りにされてしまったのだ。

 バグズの外れで、2~3歳だろうか、シリア人の男の子に出会った。片眼に眼帯をして、母親にしがみついていた。親子は、他のIS支持者の集団とともにコンテナのようなトラックの荷台に座り、アルホルキャンプへ移送されるのを待っていた。母親によると、男の子の目は銃で撃たれたのだという。弾丸は、目を貫通して首の後ろへ抜けた。だが、母親はあまり多くを語ろうとはしなかった。息子は、この戦争による多数の負傷者のうちのひとりにすぎないのだ。

 IS戦闘員の妻や子どもたちは、この先どうなるのだろうか。その多くは、何年にも及ぶ過激な洗脳によって正しい判断ができなくなっている。多くの国は、彼女たちの市民権を取り消し、帰国を認めないと表明している。国籍を失い、穏健なイスラム教の教えを受け入れる意思もない数万人の女性や子どもたちは、これまで以上に危険な存在になりつつあるようだ。

文・写真=LYNSEY ADDARIO/訳=ルーバー荒井ハンナ

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