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MMTも主流派経済学もどっちもどっちな理由

4/8(月) 5:50配信

東洋経済オンライン

 財政赤字の積極的な拡大を推奨する「現代金融理論(MMT、Modern Monetary Theory)」をめぐり、米国では経済学者たちがメディアを巻き込み、論争を展開している。その論争の内容は、われわれ日本人にとっては失笑を禁じえないところがある。また、ある種のデジャビュを感じるものでもある。

 MMTを主張する経済学者たちは、経済学コミュニティにおいては少数派だ。批判する経済学者のほうが数も多いうえ、地位や名声もはるかに高い。この数カ月間で、ポール・クルーグマン、ラリー・サマーズ、ケネス・ロゴフといったそうそうたる面々がMMTを批判する議論を展開しており、ジェローム・パウエルFRB(米国連邦準備制度理事会)議長や黒田東彦日本銀行総裁をはじめ現役の中央銀行幹部も批判の弁を述べている。メディアはこの論争を「主流派経済学 vs 非主流派経済学」という描き方で盛り上げている。

 印象から言えば「非主流派」がずいぶんと威勢よく攻勢をかけているのに対し、「主流派」の反論は何やら昔ながらの教科書を紐解くような内容で、今ひとつ歯切れが悪い。経済学コミュニティの外野からは、小勢ながら果敢に攻める「非主流派」に「ヤンヤ」の声が掛かる状況だ。MMTは現状打破のための最終兵器であるかのように喧伝されており、米国では特にポピュリスト政治家やトランプ政権を政治的に攻めあぐねている野党民主党の政治家の中にこの理論の信奉者が少なからずいる。

■日本における「リフレ派vs反リフレ派」にそっくり

 筆者が「失笑を禁じえない」というのは、MMTと主流派経済学者たちのヒステリックな議論に、「どっちもどっちではないか」と思わせるところがあるためだ。特に、1990年代後半以降、日本の経済政策を最も声高に批判してきたポール・クルーグマンが、「財政政策は金利がゼロ%の下限に達してからのみ意味がある」というようなMMTに対する批判を述べているのを聞くと、「五十歩百歩だろう」とつっこみたくなる。

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最終更新:4/10(水) 10:04
東洋経済オンライン

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