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ガス・ヴァン・サント監督インタビュー:名優たちとの思い出、新作に込めた想いと“人生を変えた”映画

4/9(火) 17:09配信

otocoto

──ジョン・キャラハンはアメリカでは誰もが知る風刺漫画家だったのでしょうか?

アメリカのカートゥーン作家と言えば「アダムス・ファミリー」のチャールズ・アダムス、「ザ・シンプソンズ」のマット・グレイニングが有名ですが、実はマット・グレイニングが自身の所属するエージェントにジョンを紹介したそうなんです。それまでジョンはとてもローカルな地域で活動していましたが、そのエージェントのおかげで、1980年代からポートランドの主要地方紙である新聞「Willamette Week」にジョンのイラストが掲載されたり、私がLAにいた頃は「LA Weekly」にも掲載されていました。そのあと「60 Minutes」というアメリカCBSテレビのドキュメンタリー番組にジョンが出たことで、さらにアメリカ中に知られていくようになったんです。


■デビュー作『マラノーチェ』と本作の“繋がり”

──ジョンは何故、風刺漫画家になったのでしょうか?

彼は赤毛であることや養子であることなどが原因で、自分が“社会のハズレもの”になっていると感じていて、そのことに昔から苛立っていたようなんです。事故に遭った後は辛辣なユーモアの才能を発揮して車椅子のカートゥーニストと自分を皮肉り、ギリギリのところで笑いをとるような漫画を描き始めます。でも、事故の後は酒を絶ち、漫画を描きながら立ち直っていったんですよね。僕がジョンと会ってみて受けた印象は、優しくてシャイでジョークの達人。いつもユーモアを忘れない人でした。

──ジョンをリサーチしていく中で何か面白い発見はありましたか?

僕の監督デビュー作『マラノーチェ』(86年)はポートランド出身の詩人ウォルト・カーティスによる自伝小説を映像化した作品ですが、当時のポートランドの貧困層が住むゴールドタウンという街を舞台に撮りました。ウォルトはその街の小さなグロッサリーストアで働いていたのですが、実はジョン・キャラハンがその店によくワインを買いに来ていたそうなんです。その時に「作家になりたい」と言っていたそうで、ジョンはお酒を断った後、ローカルなアーティストたちが集まるコミュニティにも顔を出すようになったという話も聞きました。デビューから何年も経った今、自分が撮った『マラノーチェ』と『ドント・ウォーリー』が繋がったのはとても面白いことだと感じています。

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最終更新:4/9(火) 17:09
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