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現代アメリカを生み出した稀代の〈アングラー=釣り師〉ディック・チェイニー:映画『バイス』池田純一レヴュー

4/9(火) 18:11配信

WIRED.jp

2000年代初頭、ジョージ・W・ブッシュ大統領時代に副大統領(バイス・プレジデント)を務めた、ディック・チェイニー。「影の大統領」とも囁かれた彼の悪徳(バイス)を描いた映画『バイス』が、まもなく公開される。しかしこの映画は、単なる「バイオピック(伝記映画)」ではない。恐ろしいまでの情報密度を誇る、アメリカ社会の「いま」を反映したハイコンテキストな作品だ。織り込まれた複雑なコンテキストを、デザインシンカー池田純一が紐解く。

「心臓」と「フライ」に続く、第三のイメージとは?

映画全体を象徴する、「心臓」のイメージ

「クリスチャン、君のおかげか、あるいはディック・チェイニーのおかげで、僕は一命を取り留めることができたよ」

本作の監督&脚本家であるアダム・マッケイは、2018年1月、心臓発作で病院に担ぎ込まれた。その1週間後、ディック・チェイニーを演じたクリスチャン・ベールに電話し、感謝の意を述べた。といっても最初は何を言われているのかわからなったベールは、アダム、もうホントに大丈夫なのか?と質問を何度も繰り返し、10分後、ようやく事態が飲み込めたところで、二人揃って大爆笑したのだという。安堵からの哄笑だった。

「君か、チェイニーのおかげ」というのは、若い頃から心臓病を患っていたチェイニーが発作で倒れるシーンを撮影していた際、チェイニー役のベールがマッケイに、心臓発作の典型的な症状として、吐き気がするくらい胃がムカムカして痛くなることを伝えていたからだ。ベールはこの症状を、役作りの際にヒアリングした心臓外科医から聞いていた。心臓発作というくらいだから、てっきり心臓のある胸が痛くなるくらいのものだとばかり思っていたマッケイは、研究熱心なベールの様子に感心した。そして、結果的にこの時のやり取りが、マッケイを救ったことになる。

撮影中のストレスをタバコとジャンクフードでやり過ごすという不摂生から、体重が15kg近く増えたことを自覚していたマッケイは、撮影終了後、エクササイズに取り組んでいたのだが、その最中に、吐き気を催すくらい胃のあたりが痛くなり、あ、これはヤバい!ということで、慌てて赤ちゃん用のアスピリンを飲み、妻に頼んで救急車を呼んだ。担ぎ込まれた病院で担当医から、処置が早かったから助かった、といわれたのだという。ステント手術を受け、タバコをやめることで、今はことなきを得ている。

ともあれこの逸話は、前作の『マネー・ショート』に続き再びタッグを組んだベールとマッケイの友情を示すものであると同時に、チェイニーを怪演したベールの役者魂の凄さを表すエピソードである。

実際、心臓のイメージは、この映画の要所要所で挟み込まれ、映画全体を象徴するシンボルの一つとなっている。

若い頃からの持病である心臓病は、チェイニーが常に抱える爆弾だった。初めて臨んだ下院議員選では、選挙キャンペーンの途中で倒れ遊説すらできなくなった。その間、妻のリンが代わりに講演会に出かけ支持を訴えるしかなかったほどだ。もっとも、彼は恐ろしいほどスピーチが下手だったため、むしろ、リンのおかげで選挙戦に勝てたといってもいいくらいなのだが。

この映画では、突然、倒れるチェイニーの姿が何度も描かれる。つまり、心臓病を抱える彼は、常に「いつ死んでもおかしくはない」危機のさなかにあった。となると、911への対処を筆頭に本作で強調される彼の危機防衛への執着も、もしかしたら心臓病との向き合いの中から生まれたものなのかもしれない。そう思いたくなるのは、もともとチェイニーには、権力はもとより、とりたてて執着する対象がなかったからだ。

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最終更新:4/9(火) 18:11
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