ここから本文です

消えたライバル!スズキ・ジムニーだけが生き残れた理由

4/9(火) 18:30配信

Auto Messe Web

フルモデルチェンジのスパンが長い

 そんななかで、パジェロミニとテリオスキッドは、その後も10年以上にわたって、同じく新規格に生まれ変わった先代ジムニーの対抗馬であり続けた。が、RVブームの終焉や軽ハイトワゴンの進化によって、販売台数は次第に低迷。ボディの歩行者保護基準が導入される12年をもって、両車とも生産終了となった。

 本格的なオフロード走行に対応するボディ構造やドライブトレーンは、コストがどうしても高くなり、一般的な軽ハイトワゴンより価格的に不利だ。テリオスキッドも晩年の売れ筋は2WDだったと記憶している。

 さらに、オフローダーはフルモデルチェンジのスパンが長く、商品性の鮮度を保ちにくい。これは、もともと販売台数が少なく、開発・生産にかかるコストを償却するには長い期間を必要とするため。また、過酷な使用条件下での信頼・耐久性を確保するという、オフローダーならではの理由もある。

 もちろん、そうした事情はジムニーも変わらない。ならば、どうして軽オフローダーとして唯一台、生き残ることができたのか。

 70年に登場した初代ジムニーは、原型となったホープスターON型の設計図と志を鈴木修氏(スズキ会長)がホープ自動車から譲り受け、社内の反対を押し切って誕生させた。「修さんのジムニーに対する思い入れが人一倍強いから」というウワサもあるが、あながち間違いではないかもしれない。

 しかし、本当の理由はほかにある。

 ジムニーは険しい山間部、厳しい積雪地の作業現場や生活を半世紀近くにわたって支えてきた。そうしたユーザーにとって何より大切なのは、流行でも快適性でもなく、どんな悪条件の道でも走りきれる絶対的な走破性。長年の実績によって絶大な支持を集めるジムニーは、なくてはならない唯一無二の一台なのだ。

 販売台数が少なくても、ジムニーを必要不可欠とするユーザーが国内外に必ずいる。そして、そうしたニーズに応え続けなければならないという使命感が、スズキにはある。この両者の信頼関係が失われない限り、オフロード界最小の巨星が堕ちることはない。

戸田治宏

2/2ページ

最終更新:4/10(水) 1:00
Auto Messe Web

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事