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デジタル化された日々に、健全なアナログ志向を持ち込もうvol.3

4/11(木) 8:10配信

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デジタル化された日々に、健全なアナログ志向を持ち込もうvol.3

波戸岡 景太(明治大学 理工学部 准教授)

電子書籍の普及や動画コンテンツのネット配信が拡充し、利用者である私たちの文化的生活は急激な変化にさらされています。それと同時に、創作という行為がまるごとデジタル化されつつあり、そうした状況が、あらためてアナログ志向の必要性を浮き彫りにしています。はたして、デジタル化への単なる抵抗で終わらない、時代に寄り添うような「健全」なアナログ志向は可能なのでしょうか。

◇活版印刷が教えてくれること

数年前のことですが、私はこの活版印刷というものの実態を知りたくなり、港の人という出版社を通じて、活版印刷による批評書を出版してみました。

それは『ロケットの正午を待っている』というタイトルのハードカバー書籍として刊行されたのですが、本文はすべて金属活字を実際に組んだもので印刷しました。

その活版印刷所は雑司が谷にあるのですが、そこで目の当たりにした活版印刷の現場は、想像を超えてたいへんなものでした。

植字工と呼ばれる職人さんが、鉛を鋳造した活字を棚からひとつひとつ拾い上げて、そしてページごとに文字列に組んでいくのですが、まずそうした姿を拝見できたことは、デジタル入稿の現場しか知らなかった私にとって衝撃でした。

次に驚いたのが、そうやって仮印刷されたものの校正作業です。

ワープロではなく、職人さん一人一人の手と目によって並べられた文字列は、もちろんありがたみに溢れてはいるのですが、同時に、コンピューターの誤植とは異なったエラーも散見されて、それが校正する私の脳の、いつもとはまったく違ったところを刺激してくれたのです。

たとえば、同じ明朝体なのに、よくよく見てみると「言」(ごんべん)のかたちがわずかに違うフォントが混じっているとか、あるいは、文字の上下が逆さまになっているとか。確かに、編集用の校正記号には、そうした上下反転を正すものもあって、校正作業そのものが、職人さんとの身体的な対話をしているようでした。

こうした作業を通じて、私は、自分の文章をいつもとは違った視点から眺めることができ、それはやはり、自身の執筆活動の拡充につながりました。

※取材日:2017年12月

次回:クリエイターは、異なるメディアの本質に敏感になること(4月12日8時公開予定)

波戸岡 景太(明治大学 理工学部 准教授)

最終更新:4/11(木) 8:10
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