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2200年前の「兵馬俑の武器にハイテク」定説は誤りだった、研究

4/11(木) 18:29配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

青銅の武器464点を分析、さび止め加工はなかった

 もし、あなたの家の蛇口が光沢のある銀色だったら、おそらくクロムめっきが施されているだろう。このさび止め技術の実験は、19世紀にヨーロッパで始まった。しかし40年ほど前から、研究者やメディアの間では、クロムめっきの起源について別の仮説が広まっていた。クロムめっきは、紀元前3世紀の中国で発明されており、秦の始皇帝陵に兵馬俑とともに埋葬されていた青銅の武器のさび止めに使用されたという説だ。兵馬俑の遺跡がある西安の博物館でも、こうした説明が表示されている。

ギャラリー:兵馬俑、埋葬当時の色鮮やかな姿を再現 写真8点

 この仮説が登場したのは、世界遺産にも指定されている始皇帝陵が発見された1970年代だ。発掘作業の初期、出土した青銅の武器の保存状態が優れているのは、表面処理のおかげだと示唆する報告があった。そこで中国の科学者たちは当時最先端だった組成マッピングという分析法を用い、1つの小さな試料からクロムの層を見つけ出した。研究者たちによれば、クロム酸塩の溶液に浸された可能性があるという。これはクロメート処理と呼ばれる手法で、厳密に言えば、金属のクロムを使用する現代のクロムめっきとは異なる。

 だがいずれにせよ、2000年以上前の秦朝においては革命的な技術だった。しかし、2019年4月4日付けで学術誌「Scientific Reports」に発表された論文によれば、実際はどちらの手法も用いられていないことが判明したという。

武器464点を詳細に分析

 英ユニバーシティー・カレッジ・ロンドンと中国、秦始皇帝陵博物院の研究者から成るチームは、SEM-EDS(走査型電子顕微鏡/エネルギー分散型X線分光法)と携帯型の蛍光X線分析装置を使用して、青銅の矢尻、矢柄、やりの石突き、剣の刃と装具、弓の引き金など464点を調査した。走査型電子顕微鏡によって、金属の表面構造を鮮明に観察でき、蛍光X線分析で化学組成がわかる。試料が多かったおかげで、クロムがどこに存在し、どこに存在しないかを見極めることができた。

 調査の結果、木や竹でできた装具や留め具と金属との接合部分に、ラッカー塗料が塗られ、その上から顔料で色づけられているという共通点があった。青銅の保存状態が最も良い部分では、この特徴はほとんど見られなかった。さらに分析した結果、初期の研究で発見されたクロムは、ラッカーの成分であることが判明した。

 さらなるヒントは、現地の土に隠されていた。この土壌は粒子の細かいアルカリ性で、通気が悪く、生物の成長も妨げられる。これらすべてが金属の保存状態の良さに貢献していた可能性がある。結局、クロムはラッカー塗料に由来するもので、保存状態の良さは土壌のおかげということだ。

 中国の青銅技術の保存を専門とするW・トーマス・チェイス氏は「研究チームは素晴らしい仕事をしたと思います。クロムめっき説が間違っていることを証明したうえで、代わりとなる有望な仮説を提示したのですから」と評価する。金属、ラッカー、土壌という複数の物質を分析したことは「まさに、金属製の遺物の長期的な腐食、保存について理解するのに必要なことです」

 米ボストン大学アジア研究センターの副所長ロバート・マロウチック氏は、クロムめっき説も筋が通っていたため、長年広く受け入れられていたのも不思議ではないと考えている。「青銅の腐食を防ぐため、秦朝の工房が意図的にクロムで処理していたという説は、決してとっぴなアイデアではありません」

 マロウチック氏はさらに「学者と一般市民の両方にとって、魅力的な説明だったのでしょう」と分析している。「中国の歴史学者たちによって伝えられた秦の始皇帝の物語に通じるものがあったためです。始皇帝は不老不死の薬を見つけることに魅了されていたと伝えられています。取りつかれていたと言ってもよいでしょう」

 今回の研究のリーダーで、現在は英ケンブリッジ大学に所属するマルコス・マルティノン・トーレス氏も、自分たちの発見に驚いたことを認めている。「1970年代の研究は、とても説得力がありました。実験によって結果を再現し、ほかの仮説を除外していたためです。はっきり言って、彼らの説を信じたい気持ちになっていましたよ」

文=JEN PINKOWSKI/訳=米井香織

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