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地方都市の閉塞感と女のイヤな部分を書かせたら当代一! 辻村深月版「恋愛小説」

4/11(木) 7:00配信

Book Bang

『広く認められた真理だが、財産のある独身男性は、妻を必要としている』というのは、ジェーン・オースティン『高慢と偏見』の有名な出だし。そういう裕福な男性に娘たちを嫁がせようと、ベネット夫人は奔走するが、男性側のプライド(高慢)と女性側の先入観が立ちふさがる。

 辻村深月『傲慢と善良』に出てくる仲人業の老婦人は、二百年前に書かれたこの『高慢と偏見』を“究極の結婚小説”と呼び、現代の日本で結婚を邪魔する壁は、「傲慢さと善良さ」だと喝破する。前者は自身の価値観に対する盲信、後者は親の言いつけを守る素直さ(もしくは主体性の欠如)。この二つの壁をどう突破して、人は結婚に踏み切るのか。本書はこのテーマに正面から挑む。

 第一部の主役は、急逝した父親の跡を継いで輸入業の会社を経営する30代後半のイケメン、西澤架(かける)。心に決めた女性がいたのに、「結婚したい」と言われたときに、まだちょっと―と断ったばかりにフラれてしまい、新たな相手を求めて婚活に励むことに。やっと出会った、この人なら……と思える相手、坂庭真実(35歳)との婚約に漕ぎつけた矢先、彼女が忽然と姿を消す。真実はその直前、ストーキング被害を訴えていた。相手は、実家のある前橋にいた頃に婚活を通じて知り合った男性だという。だが、警察に訴えても、事件性が低いと判断して、とりあってくれない。架は手がかりを求め、真実の婚活の足跡をたどるが……。

 というわけで、小説の前半はミステリー・タッチ。辻村版『ゴーン・ガール』かと思わせるが、過去から浮上してくるのは、結婚の生々しい現実。婚約前、真実と結婚したい気持ちは何%かと女友達に訊かれた架が、70%くらいかなと答えると、それはそのまま、架が真実につけた点数だと指摘される。はたして自分は70点の相手と結婚したいのか? 相手にとって自分は何点なのか? 

 親兄弟や友人知人まで含めた多様な結婚観と、それにまつわる傲慢さ善良さがこれでもかと暴かれ、思わずぞっとすることもしばしば。地方都市の閉塞感と女のイヤな部分を書かせたら当代一の著者の筆が、絶好の題材と舞台を得て、すばらしく冴え渡る。結婚がこんなにおそろしいものだったとは……。それだけに、第二部の転調と鮮やかな結末には脱帽するしかない。「胸を張って送り出す、辻村版“恋愛小説”です」という著者の言葉が、最後の最後ですとんと胸に落ちる。まさに、21世紀版の『高慢と偏見』だ。

[レビュアー]大森望(翻訳家・評論家)

新潮社 週刊新潮 2019年4月11日号 掲載

新潮社

最終更新:4/11(木) 7:00
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