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低価格で着方自在、着物兄弟が手掛ける新時代「着物」

4/12(金) 7:05配信

オルタナ

新しい「着物」が生まれようとしている――。若者に和装を広げることを目指したブランドがこのほど立ち上がった。国内縫製かつオーダーメイドで、3万円台から提供。立ち上げたのは、着物の仕立て屋の家で生まれた兄弟。洋服生地を使っており、セーターを中に着たり、スニーカーを履いたりしても違和感なく着こなせるのが特徴だ。(オルタナS編集長=池田 真隆)

ブランド名は、「巧」に「流」と書いて「巧流(コール)」。兄弟が「職人として尊敬している」と口を揃える父・巧さんの名前から取ったという。

このブランドの特徴を説明する前に、ブランドを立ち上げたこの兄弟について触れたい。長崎県出身の元山巧大さん(26)と誠也さん(24)の二人だ。元山家は祖父の代から和栽を仕事にしてきた家系である。

祖父は全国和裁着装団体連合会の13代会長を務め、父の巧さんは手縫いで着物を作れる仕立て屋だ。家業を継ぐため、兄の巧大さんは高校を卒業してすぐに県外にいる和裁士のもとへ修行に通った。実家では、巧さんが祖父の代から続く元山和栽学院という職業訓練校を運営していた。同校に通うことでも和裁士の資格を取れるが、巧さんの「親子だと甘えが出てしまうから」との理由であえて外に出した。数年後に巧大さんが帰ってきたときには、一緒に同校の運営を行う計画だった。

巧大さんが実家に戻ったのは3年後。念願の和裁士の資格を取って、実家に戻った。だが、「時すでに遅し」の状態だった。着物を着る人口が少なくなったことを理由に、同校の廃校が決まったのだ。

巧大さんは巧さんから、右肩下がりの業界だから、違う仕事に就いたほうがいいと言われ、家を出ることにした。就職活動の末、決まったのは九州に支店を置く大手自動車メーカーのカーディーラーの営業。実家を出る際には、巧さんから「もう戻ってくるなよ」と念を押されたという。

代々続いた和裁士の家系を息子に継いでもらうことを楽しみにしていた巧さん自身が絞り出したこの言葉の背景には、物理的な意味ではなく、着物業界に戻ってくるなよというメッセージが込められていたのだろう。

こうして元山家の和裁士としての歴史は途絶えることになったのだが、糸をつないだのは弟の誠也さんだ。当時、美容師になるために上京して都内の専門学校に通っていたが、着物にかける思いは人一倍強かった。

巧さんから着物業界が縮小していること、巧大さんが着物業界から離れることを聞いた誠也さんは、すぐさま長崎に戻り、巧さんも入れて3人で話し合う場を設けた。そして、その場で、誠也さんが巧大さんに「おれと一緒に一からやり直そう」と誘った。

誠也さんは、和裁士の資格は持っていないが、和裁士の雇用を持続可能にしていくためには、販売、流通から変えていく必要があると考えていた。資格を持っている兄と組めば、お互いを補完する関係性が築けると思ったのだ。

その話を受けた巧大さんは「率直にうれしかった」と振り返る。しかし、「仕事に就いて1年目であったので、営業マンとして学ばなくてはいけないことがたくさんあった。入ったからにはそれらを学びたいから3年は待ってほしい」と返事をした。

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最終更新:4/12(金) 7:05
オルタナ

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