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仮説:ビクトル・バルデスの引退を早めたのは「GKの重圧と孤独」だったのか

4/12(金) 21:13配信

footballista

当代屈指のGKはなぜ“踏ん張れ”なかった?

ここに書いていることは私の仮説である。真相は本人にしかわからない。だが、ビクトル・バルデスの残した言葉を読むと、なぜ突然、幕を閉じるような別れ方をしたかがわかるような気がするのだ。GKは孤独だ。特に、それを愛せなかった者にとっては――。

文 木村浩嗣


 ビクトル・バルデスは2018年1月1日、Twitterに「みんないろいろありがとう」とメッセージを出した後ですべてのSNSアカウントを閉じ、公の場から姿を消した。それが彼の引退宣言だった。

 2016-17シーズン、ミドルスブラでのパフォーマンスは悪くなく、前年夏、契約解除をした際には恩師グアルディオラのいるマンチェスター・シティ行きの噂が流れたほどだった。36失点は不本意だろうが、プレミアリーグで28試合プレーできたというということは、引退はバルセロナ時代に負った右膝十字靭帯断裂の大ケガのせいではなかった、ということだ。

 ケガから立ち直った選手も、ケガの後遺症から立ち直れなかった選手もいる。ビクトルの場合もケガ以降のパフォーマンスに納得していなかったのかもしれない。だが、直前まで第一線でやれていたのにあっさりと、世界との接点を一挙に断ち切るような不可解な形で、選手生活に終止符を打った彼に対しては、どうしてなのか? もっとやれたのではないか? という疑念を振り払うことができない。

 思い当たるとすれば、そうか、やっぱり彼はGKが嫌いだったのか、ということだ。

 ビクトルはGKになりたくなかった。

 「生まれ変わったらGKには絶対にならない。苦痛が大き過ぎて報われない」とまで言っている。「仲間の失望の表情と非難の視線に耐えられなかった」からだ。

自分のためでなく周りのためにプレー

 FWは何度ミスをしても許されるが、GKは一度のミスが許されない。ゴールの少ない競技で最後の砦であるGKは、他のポジションにはない重圧にさらされる。それが子供時代のビクトルの目には不当な扱いに映り、GKが嫌いになった。それでもGKであり続けたのは、父と兄に「タレントがあると説得させられ」「その期待を裏切りたくなかった」のと性格的に「鍛錬するのが好きだった」から。つまり、ビクトルは自分のためではなく周りのためにプレーしていたのだ。嫌々やって世界有数のトップアスリートに成長したというのは、私は聞いたことがない。

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最終更新:4/12(金) 22:00
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