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アサンジ逮捕を巡る米露の綱引き。「ハイブリッド戦争」時代のリテラシー

4/12(金) 15:30配信

HARBOR BUSINESS Online

◆アサンジ逮捕の背景にあるエクアドルの親米路線転換

 4月11日、イギリスでウィキリークスの創始者ジュリアン・アサンジが逮捕された。アサンジは2012年からロンドンのエクアドル大使館に匿われていたが、警察が招き入れられ逮捕となった。アサンジはエクアドルに亡命したことになっており、同国の市民権を付与されていたが、それも剥奪された。

 ネットの過激なジャーナリストあるいはリークサイトの創始者がアメリカの逆鱗に触れて逮捕された。言論の自由を脅かす危険がある。と言うこともできるが、背景を考えるそれほど簡単なことではない。

 まず、アサンジを受け入れた時のエクアドルは独裁とも言える状態で、国内は監視システムが配備され、ジャーナリストや反政府活動家、政治家がターゲットとなっていた。また政府は企業と契約も締結していた。エクアドルがアサンジを匿ったのは言論の自由を守るためではないことが明白である。エクアドルが親露反米路線だったためだ。ロシアがエドワード・スノーデンを匿っているのと同じ理由だ。(参照:『国民監視とネット世論操作はこう行われる! エクアドルの事例』HBOL)

 そして今回アサンジがエクアドルから見放されたのは2017年の選挙でエクアドルが親米路線に変わったためである。これにともなって独裁体制から民主体制に変わりつつある。つまり皮肉なことにエクアドルの独裁体制が崩れたからアサンジが逮捕されたことになる。

◆「民主主義」が壊れつつある世界

 今回の件にはロシアが深く関わっている。すでに本連載でも紹介した各種調査機関のレポートでも明らかになっている通り、ロシアは世界中で右翼、左翼を問わず極論を主張する政党やグループを支援し、国家を分断し、極論の政権を誕生させている。理由は簡単で極論を主張する国家は独裁的になり、自由主義国家とは相容れなくなって、ロシアや中国と協力関係を結ぶようになるからである。こうした国が増えれば軍事面はもちろん経済面でも経済制裁を課されてもなにも問題なくなる。すでに東南アジアの多くの国はそうなっており、ラテンアメリカやアフリカもそうなりつつある。(参照:『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』角川新書、『フェイクニュースとネット世論操作はいかに社会を悪化させるか。中南米の選挙に関する報告書の恐ろしさ』HBOL)

 多くの人は意識していないが、世界は大きく変わりつつある。Economist Intelligence Unit(英エコノミスト誌の研究所)の民主主義指数に基づくと現在「完全な民主主義」国家で暮らしている人口は全世界のたった4.5%に過ぎず、年々民主主義の状況は悪化している。安全保障関係の資料でも「民主主義を守る」ことが優先すべき課題としてあげられることが多くなってきた。前述のように民主主義体制が崩れることが軍事や経済に大きな影響を与えるためだ。

 そのロシアにとってアサンジは民主主義体制の瑕疵を突くための便利な武器のひとつだった。アサンジ自身もそれを認識していた可能性も高い。

 アサンジは2012年にロシアのプロパガンダ媒体として有名なRTで「The Julian Assange Show(一部ではThe World Tomorrow)」と題したテレビ番組でホストを務めた。この放送は12回行われ、6回目に当時エクスペディア大統領だったコレアがゲストとして登場している。

 番組の内容はアメリカの批判が中心で、開始10分くらいからメディア批判が始まる。ラテンアメリカのメディアは銀行屋の手先で腐っているとコレアが言えば、アサンジはガーディアンもニューヨークタイムズも腐っていると応じる。19分くらいにコレアが「変革にはリーダーシップが必要だが、すぐに圧政だとか独裁だとか言い出す」と言い、変革には自分のような独裁者が必要だと言わんばかりの論調になる。

この放送が行われたのは、コレアが国民監視の体制を整えつつ、自分を批判するジャーナリストやメディアを攻撃していた時期でもある。国内外で高まる批判に対する反論のつもりなのだろう。

 これを見る限りでは、アサンジはロシアのプロパガンダ媒体で反米および反自由主義メディアキャンペーンに協力している、と思われても仕方がない。

◆ロシアのネット世論操作の武器だったウィキリークス

 アサンジとロシアの関係については諸説あるが、アメリカではロシア疑惑の起訴状に記されている。2018年の特別検察官ロバート・ムラーの起訴状(2月と7月)によれば前回のアメリカ大統領選の際、ウィキリークスがロシアと連絡を取っており、それがヒラリー・クリントンの民主党から盗まれた情報のリークにつながっているとされている。起訴状には「organization1」というぼかした名称が用いられていたが、ウィキリークスであることは明らかな内容だった。

 また2017年3月にはCIAのボルト7(vault7)と呼ばれるサイバー兵器に関する機密情報をウィキリークスが暴露した。これはCIAの活動に打撃を与え、ロシアのサイバー攻撃に対する風当たりを弱める内容だった。この情報の出所もロシアではないかと疑われている。

 2013年のスペイン、カタルーニャ分離独立投票の際、アサンジは選挙結果を尊重すべきだと発言していた。この選挙はロシアが干渉していたことがわかっている。

 トランプ陣営とロシアおよびウィキリークスとの関係については、4月11日のワシントンポスト紙「Trump, who once said he ‘loved’ WikiLeaks, claims to know nothing about the group.」に詳しく報じられているので気になる方は参照するとよいだろう。

 事実を明らかにすることは大事だが、特定の国家に都合のよい事実だけを明らかにするのは違う。起訴状に通りウィキリークスの情報源がロシアだったとすれば、主にロシアにとって都合のよい事実が暴露されたことになる。

◆アサンジ擁護の論陣を張るロシア系メディア

 なお、今回のアサンジの逮捕についてロシア系のメディアはこぞってアサンジを擁護しており、逮捕時の動画をYouTubeにアップするなど活発だ。当然、スノーデンも懸念を表明している。

 親米路線になったエクアドルはロシアにとって邪魔者であり、できるなら現政権を交代させて親露路線に戻したい。そう考えると、ロシアと深い関係を持つ可能性のあるアサンジを大使館に匿っておくのはエクアドルの現政権にとってリスクでしかない。

◆ハイブリッド戦略という新しい戦争の形

 今回の件は言論の自由と情報公開のバランスの問題である以上に、ロシアのハイブリッド戦略へのアメリカの応酬と言える。ジャーナリストやメディアの活動は、当事者がどう考えているかに関わりなく、その支援者の武器として利用されている可能性が常にある。

 ハイブリッド戦略とは軍事、経済、文化などあらゆるものを兵器化して行う新しい戦争であり、1999年の中国の『超限戦』や2014年にロシアの軍事ドクトリンなどで提示された。前回のアメリカ大統領選へのロシアの干渉やウィキリークスを使った一連の暴露もその一環と言える。

 ハイブリッド戦略においては旧来型の軍事行動よりも、それ以外の非戦闘行為の方が重要とされている。ネット世論操作はその中でも特に有効だ。しかも相手が自由主義国なら「言論の自由」を盾にできる、ウィキリークスがそうだったように。(参照:『人は簡単にファシズムに転ぶ。拡散装置による世論誘導の果てにある「illiberalism(似非民主主義)」社会』HBOL)。

 だからアサンジは逮捕されてもよいと言っているのではない。ひとつの事件を解釈する際に、総合的な視点で考えることが重要であることを言いたいだけである。

◆シリーズ連載「ネット世論操作と民主主義」

<取材・文/一田和樹 photo by New Media Days via flickr(CC BY-SA 2.0)>

いちだかずき●IT企業経営者を経て、綿密な調査とITの知識をベースに、現実に起こりうるサイバー空間での情報戦を描く小説やノンフィクションの執筆活動を行う作家に。近著『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器 日本でも見られるネット世論操作はすでに「産業化」している――』(角川新書)では、いまや「ハイブリッド戦」という新しい戦争の主武器にもなり得るフェイクニュースの実態を綿密な調査を元に明らかにしている

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最終更新:4/13(土) 10:49
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