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魯迅と蒋介石の軌跡から掘り下げる日中激動の歴史ノンフィクション

4/12(金) 11:00配信

Book Bang

 魯迅と蒋介石の軌跡を軸に、日中の激動の歴史を掘り下げている。二人に共通するのは、どちらも日本留学生だったことだ。魯迅が日本にやってきたのは1902年(明治35年)。すでに608名の清国人留学生がいた。日清戦争に勝利した日本から学ぶべきものは多いという国家的判断と、文化の差が大きい欧米と比べて親和性が高かったからだ。

 やがて魯迅は仙台医学専門学校(現・東北大学医学部)に入学。そこで名作「藤野先生」のモデル、解剖学の藤野厳九郎教授に出会う。藤野の熱心な指導を受ける魯迅だったが、周囲の学生たちの差別意識から発した事件が魯迅の心を傷つける。それは「中国人を救うのは医学ではなく、精神面から救うことこそ必要だ、それには文芸だ」という決意を生んだ。

 もう一人の主人公、蒋介石が日本にやってきたのは魯迅の4年後。軍人になりたい一心からだったが、目指す陸軍士官学校は入学資格がなかった。小さな日本語学校からのスタートとなるが、「楽天的で深く悩まない」青年は平気だ。その後、短期の帰国を経て、今度は正式な軍事留学生として再び日本の地を踏む。

 本書では二人の動きが交互に描かれる。夏目漱石に憧れ、近代化した文芸のかたちとしての「口語体による短編小説」を模索していく魯迅。孫文に心酔して革命軍に身を投じ、軍人として頭角を現していく蒋介石。その革命が新たな国造りや人々の意識変革につながらないことに失望する魯迅。孫文の後継者を自任しながら、「共産党狩り」の粛清に狂奔する蒋介石。魯迅はそんな蒋介石を批判せざるを得なくなる。

 魯迅が目を向け続けたのは「国民」であり、蒋介石が見ていたのは「国家」だ。そして背景には二人の留学先だった日本という国の存在がある。魯迅が没してから82年が過ぎた今、日中両国の何が変わり、何が変わっていないのか。その本質に迫るノンフィクションの秀作だ。

[レビュアー]碓井広義(上智大学文学部新聞学科教授)
1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年にわたりドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶應義塾大学助教授、東京工科大学教授などを経て2010年より現職。専門は放送を軸としたメディア文化論。著書に「テレビの教科書」ほか。毎日新聞、北海道新聞、日刊ゲンダイなどで放送時評やコラムを連載中。[公式サイト]碓井広義ブログ

新潮社 週刊新潮 2019年4月11日号 掲載

新潮社

最終更新:4/12(金) 11:00
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