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横田真之 闘魂と猛練習でレギュラーにしがみついた“豪打球神”/プロ野球1980年代の名選手

4/13(土) 16:01配信

週刊ベースボールONLINE

2年目には長嶋に続く快挙も

 だが、翌86年は、どっぷりと“2年目のジンクス”にはまりこんだかのように、

「焦りで打撃を崩してしまった」

 と、オープン戦から絶不調。あわや開幕二軍という残り2試合で5安打を放って、どうにか一軍に残ると、シーズンでは2年連続で打率3割に到達して、同じく2年連続ベストナイン。それまでルーキーイヤーに打率3割をクリアした新人は9人いたが、そこから2年連続3割となると、長嶋茂雄(巨人)に続くプロ野球2人目の快挙だった。

 ロッテはロッテでも、ビックリマンチョコは爆発的な人気を維持した一方、オリオンズは低迷期に突入し、本拠地である川崎球場の観客動員数も低迷を続けた。90年代には「テレビじゃ見れない川崎球場」という、いささか自虐的なコピーで打ちだしたCMも効果なく、ついに千葉への移転を表明。それでも、かつて大洋が横浜へ移転したときのような反対運動が起こることもなかった。

 ただ、そんな時代のロッテ、そして川崎球場を象徴する選手の1人だったことは間違いない。93年に中日、95年に西武へ移籍して現役を引退したが、忘れられない試合として振り返るのが、川崎球場で迎えたルーキーイヤーの開幕戦と、その川崎球場のラストゲームだ。新人ながら開幕スタメンで迎えた第1打席は頭が真っ白になって見逃し三振に倒れたが、その6年後、いつものような消化試合のダブルヘッダー第2戦で決勝のソロ本塁打。だが、

「悲しかったですよ」

 と語る。薄暗い川崎球場の照明でも、その全力プレーは確かに輝いていた。

写真=BBM

週刊ベースボール

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最終更新:4/15(月) 13:32
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