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【アウディスポーツの衝撃 02】もしスポーツクワトロ RS002が登場していたら、歴史は変わっていただろう

4/13(土) 19:10配信

Webモーターマガジン

秘密裏に開発が進められた700psのモンスターマシン

1985年9月、FIAは安全性の向上を目指す代わりに生産台数をわずか10台に緩和したグループS構想を発表。それを受けアウディは従来とはまったく異なるマシンの開発をスタートさせる。

それがこのスポーツクワトロRS002だ。シャシは新設計の鋼管スペースフレーム製で、サスペンションは前後ダブルウイッシュボーン式。ファニーなボディは風洞実験の末に決定されたもので、主にグラスファイバーが用いられていた。

現在は700ps(!)を発生する2.1L直5ターボエンジンがミッドに搭載されているが、当初の計画では6気筒エンジンの搭載が予定されており、その開発にはポルシェが深く関与したという噂もある。

こうして完成したRS002だが、1986年に相次いだグループBカーのアクシデントがその運命を変えた。ツール ド コルスにおけるヘンリ・トイボネン死亡事故を受け、FIAが1987年からのグループBおよびSの廃止を表明したのだ。これにより、アウディはすぐさまワークス活動を休止。併せて開発部門にはピエヒ氏からRS002(4台が作られたという説もある)の廃棄が命じられた。

アウディ社内に走行距離がわずか12kmのRS002が保管されていることがわかったのは、それからかなりの月日が経った後だ。そして16年にアウディトラディションの手でレストアが施され、その存在が初めて公となった。

ではなぜ、このRS002だけが生き伸びることができたのか? それはいまなお謎のままだ。

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最終更新:4/13(土) 19:10
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