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オリ平井正史コーチが説く救援論「スタートがよければ1年間持つ」

4/13(土) 9:43配信

webスポルティーバ

【連載】チームを変えるコーチの言葉~平井正史(1)

 それはオリックスのキャンプ地ならではの光景だった。今年2月中旬、宮崎市清武総合運動公園。最大10人が同時に投球練習できる壮大なブルペンに入ると、通算284勝の球団OBで臨時コーチの山田久志(元・阪急)が各投手を見守っている。その視線の先、マウンド奥のスペースでは、投手コーチの平井正史がフォームをチェックしている。長年の師弟関係にある両者が、ともに後輩たちの指導に当たっていた。

■「いいコーチほど選手の記憶に残らない」と、あの名コーチは言った…

 オリックスは昨年4位ながら、チーム防御率3.69は12球団トップ。とくに救援陣は鉄壁の布陣を誇っていた。しかしオフには金子弐大(現・日本ハム)、西勇輝(現・阪神)が抜け、山本由伸が先発に再転向するなど、西村徳文新監督は投手陣全体の再編を余儀なくされた。試合中のブルペンを取り仕切る平井は、この状況をどうとらえているのだろう。かつて山田の指導でオリックスの抑えとなり、1995年のリーグ優勝に貢献した平井に聞いた。

「うちは金子、西も抜けて、若いピッチャーが多くなりました。今、ひと言で言うなら“投げたがり”がほしいです。怖がらず、やられることとか考えずに、『僕に投げさせてください』って言う選手がいっぱい出てきてもらいたい」

 山本をはじめ澤田圭佑、近藤大亮、黒木優太と、25歳前後の投手たちは、体調に問題がなければ年間50試合を投げられる技量、力量の持ち主だ。十分に“投げたがり”だと思えるのだが……。

「いや、いることはいるんです。ただ、ブルペンに電話がかかってきて固まる選手というのは、自分のなかであまり信じることができない。不安だから隠れるんじゃなくて『オレが出ていく』ぐらいの気持ちを見せてほしいんです。もちろん、僕ら現役のときもありましたよ。電話がかかってきて、『あっ、オレじゃん。嫌やな、今日……』っていう時が(笑)。それでも、ブルペンっていう仕事はいつどんな状況でも投げなきゃいけないので、そこでスイッチがピッと入って、『ここはオレじゃないと!』ってなるぐらいの選手が僕は好きですね」

 現役時代、平井のプロ初登板は1994年9月10日の対近鉄戦、無死満塁の場面である。まして同点の9回裏、一打サヨナラ負けという状況で、高卒1年目にしてマウンドに上がった。この時、当時の仰木彬監督に平井の登板を進言したのが、投手コーチの山田だった。

 結果、最初の打者を三振に打ち取るも、次打者に犠牲フライを打たれてゲームセット。負けはしたが、失点を怖がらずに投げた。ランナーがいる、いないにかかわらず、目の前のバッターを抑えて3つアウトを取ればチェンジ、という意識が備わった。

「僕の場合、厳しい場面の方が集中できて、やりがいを感じていました。『ここで抑えたらヒーローだろ』と思うこともあったし、逆に『打たれたらしゃあない、代わるだけや』と割り切って投げられた。そういう意味では僕自身、“投げたがり”でしたけど、コーチとしては変な話、いつでも『はい、行きます!』ってどんどん行けるピッチャーばっかりだったら、基本的に楽なんですよ。でも、僕も経験した通り、なかなか常に同じ気持ちではいられないですから、そこは選手みんなにお願いして。『さあ行こう。やられたら次、後ろにおるから行ってこい。あとは任せろ、こっちに』ということは言ってます」

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最終更新:4/13(土) 9:43
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