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食の記憶が映し出す家族の肖像――瀧羽麻子『うちのレシピ』

4/13(土) 7:00配信

Book Bang

『うちのレシピ』は二つの家族の三代に渡る物語だ。ひとつは、雪生と美奈子を両親に持つ啓太の家族。もうひとつはレストラン「ファミーユ・ド・トロワ(三人家族)」を営む正造と妻の芳江、そして娘の真衣の家族。それぞれの家族の真ん中にあるのは食卓に載った料理だ。ごはんを一緒に食べることは気持ちが繋がること。美味しい食べ物はケンカさえ忘れさせる。

 この二つの家族のだれかが一人称で語る六つの短編小説で構成されていく。両親の結婚から、子供、孫へと受け継がれる約三十年。家族の形がどんどん変わっていく。でもそこに寄り添うのは食事の記憶だ。

「午前四時のチョコレートケーキ」の“僕”は啓太。正造のレストランで働くシェフ見習いだ。真衣とは恋愛中で、結婚を前提に両親の顔合わせを企画した。だが美奈子が仕事で来られなくなる。それも連絡なしのすっぽかしだ。幼いころから仕事を理由に約束を反故にされた“僕”の思い出がよみがえる。

「真夏のすきやき」の“わたし”は芳江。娘の真衣が中二の時の物語だ。レストランの厨房に入れてもらえない真衣は料理の経験が少ない。ある日クラスの友だちと遊園地へ行くのに持ち寄りのお弁当を作っていくことになる。うまくいかない娘の様子をみかねて、“わたし”が手伝ったお弁当がその後、騒動を起こし、正造との結婚を反対した母とのいざこざを思い起こしていく。

「雨あがりのミートソース」の“僕”は雪生。小学二年生の啓太の授業参観を美奈子の代わりに参観したことから話が始まる。家事を分担していること、子育てに対する考え方の違い、妙に大人びた啓太のそぶり。そして美奈子とのなれそめが語られる。

「花婿のおにぎり」の“私”は美奈子。なんと啓太と真衣の結婚式に遅れそうなのだ。いくら遅刻やすっぽかしの常習犯といえども、この結婚式への遅刻は許されない。式場へ急ぐタクシーのなかで、家族の協力のありがたみをかみしめる。

「コンソメスープとマーブルクッキー」の“私”は正造。啓太と真衣の間に生まれた孫の亜実と一緒にお友だちのマリンちゃんの誕生日パーティに参加している。亜実の弟、幸紀が熱を出したため、急遽のピンチヒッターだ。お友だちのお姉さんのいじわるに亜実が泣かされてもなすすべがない“私”。だがこの日が孫と二人きりで料理をつくる記念日になった。

「ハンバーグの日」の“あたし”は真衣。時間は両家顔合わせの日に戻る。美奈子がすっぽかした食事会を“あたし”は冷静な目で見ている。気難しい父親との関係が改善したのは就職を失敗したときだった。厳格な上司についていけず、ある日出社できなくなり、ひきこもりになった“あたし”を救ったのが、ウェイトレスの仕事だったのだ。

 性格や生い立ちがひとりひとり丁寧に描かれることで、家族の関係やお互いへの思いが絡まり合う。二つの家族、六人の性格は決して特別なものではない。親子だから似ているところ、親子だけど違っているところがぶつかり合い寄り添い合って長い年月を過ごしていく。

 家族だからやってもいいこと、ダメなこと、甘えていいこと、守り抜くこと。家族と家族がまじりあい、それが子供に受け継がれ、人の歴史になる。日々の生活の続きが人類の歴史につながるなんて大それた話ではないけれど家族の歴史が連なって人類は繁栄してきたのだ。

「コンソメスープとマーブルクッキー」で、孫の亜実は四歳。正造は七十歳で芳江はその少し下。美奈子は六十歳くらいでバリバリの現役ビジネスマン。雪生は年下だとわかっている。

 読者はこの登場人物のだれかに気持ちを仮託するかもしれない。私には同世代の“美奈子”の気持ちがよくわかる。男女雇用機会均等法前に就職し、子育ては母親の仕事だと子供の頃から叩き込まれた女性は、それでも社会に出ていきたい気持ちを抑えられない人も多い。私もそんなひとりだ。仕事も家族も八方上手く収まることなんて絶対なければ、何を犠牲にするかは、その人が決めることだ。もちろん理解のあるパートナーがいることは心強い。「やりたいようにすればいいよ」そう言ってくれる人がいるのはありがたい。できれば、一緒に美味しいご飯を食べてくれるなら最高である。

[レビュアー]東えりか(書評家・HONZ副代表)
千葉県生まれ。書評家。「小説すばる」「週刊新潮」「ミステリマガジン」「読売新聞」ほか各メディアで書評を担当。また、小説以外の優れた書籍を紹介するウェブサイト「HONZ」の副代表を務めている。

新潮社 波 2019年4月号 掲載

新潮社

最終更新:4/13(土) 7:00
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