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柄本家の父、柄本明はおもコワすぎる!?

4/14(日) 10:00配信

otocoto

柄本明にとって演出とは?

演出家としての柄本明は、冒頭のように笑い転げるだけではなく、言葉を尽くして説明したり、自ら動いて見せたりと、突き放すどころか、穏やかで細やかかつ、具体的な演出ぶりが印象的だ。

「まあ動いて見せるのは、自分が役者だから、言葉より動いた方が、わかりやすいということかな。別に、こっちが見せたのと同じ動きをしろ、ということではないんですよ。目で見る方が言葉より伝わりやすいですからね。

言葉は無力とは言わないけど、やっぱり、その言葉を、頭で理解しなくちゃいけないですから。言葉って、こうやって、とめどなく出てくるから、時には間違った単語や言い回しも使うわけで、その場合には、『聞いている方で篩(ふるい)に掛けてよね』という作業が必要になりますからね。

演出ということで言えば、たとえば、こっちから向こうにこう歩いて、といった指示の類いも演出ではあるかもしれないけど、 要は、『その人(=演出家)に見られる』ということそのものが、演出なんですよ。

自分の経験では、『うなぎ』という映画で初めて今村昌平監督と仕事をした際、テストの時には何ともなかったのに、本番になって『用意、スタート!』という監督の声を聞いた途端に、身体が動かなくなりましたもんね。なんでしょうかね。今村昌平というカリスマの前で、『ああ、ぜんぶ裸にされちゃうんだな』ということを感じたせいですかね。こうなるともう、言葉の問題なんかではないですもんね。

だって、そうじゃないですか。誰かに『見られる』ということで、人は変わっていくものでしょう。たとえば『この人が相手だったら、用心深くしなきゃいけないな』とか、『ああ、こいつなら大丈夫だ』とか、常にそんなもんでしょ。芝居なんてものは、そうやって役者と監督/演出家が、お互いに値踏みしながらやっているもので、お客様は、その両者の事情を見ているわけですよ。だから、山崎さんが『稽古場でカメラを回したい』と言ってきたのは、ものすごくよくわかりますよ。役者と演出家の間の事情が見たいということですよね。それだって、山崎さんじゃなかったら、お断りしていたかもしれないわけで」

そこも値踏みの結果クリアされ、晴れて貴重な柄本明の百面相が見られることとなった。

稽古中の笑い声も衝撃的だったけれど、舞台の初日があけて以降も、父は時折フラッと現れては、息子たちを怖がらせていた。千秋楽には芝居の最中にひとこと「殺すぞ」と伝えて、二人を震え上がらせたという。こういうこと、わりとよくやるらしい。

「まあ何が得で、何が損かということですよ。やさしく言った方がいいのか、厳しく言った方がよくなるか。ただ怒りにまかせて言うわけじゃない。そこに戦略はありますよ。まああの時『殺すぞ』と言ったのは、ほんとにそう思ったからだけど(笑)」

やっぱり戦慄しかない。柄本家の父はおもコワすぎる。

取材・文/伊達なつめ

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最終更新:4/14(日) 10:00
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