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中日・阿波野秀幸 弱者の戦い方を極めた「雑草コーチの思考術」

4/14(日) 11:10配信

FRIDAY

9対1。

3月30日のDeNA戦。中日は大差で今季初勝利を掴んだにもかかわらず、投手コーチの阿波野秀幸(54)は5人のピッチャーをつぎ込んだ。

「中日は6年連続Bクラス。昨年は12球団ワーストの防御率4.36です。強いチームに勝つためには、ベストの投手をドンドンつぎ込むしかありません。弱者の戦い方のノウハウです。ボクは亜細亜大学や近鉄に所属していましたが、決してエリート集団ではなかった。実力ある選手を固定するのではなく、その時々に応じてメンバーを替え、相手の弱点をつく戦い方を現役時代に学びました」

こう話す阿波野は、巨人、横浜、中日の3球団で投手コーチを歴任する名指導者だ。今季から中日のコーチに就任するにあたり、全投手の投球映像をチェック。決して強力とは言えないピッチャー陣に、他チームと同じトレーニングをさせても実力差は埋まらない。少しでもレベルアップさせるために、独自の工夫を選手それぞれに課しているのだ。

「例えば抑え候補の鈴木博志は、腕の振りに難がありました。そこで長さ30cmほどの細く丸い棒を持ち、シャドーピッチングをさせたんです。シャドーピッチングは普通タオルで行いますが、空気抵抗が大きく腕がブレてしまう。鈴木には、一気に振り抜く感覚を覚えてほしかった。中継ぎの祖父江(そぶえ)(大輔)には5mほどのロープの片端を持ち、波打たせるトレーニングを課しています。力の入れ具合やヒジと関節の使い方が悪いと、ロープがうまく波打ちませんからね」

ユニークな指導には、自身の苦しんだ経験がいかされている。阿波野は現役時代、近鉄のエースとして活躍したが5年目以降はケガに悩まされ低迷。選手に提案する練習は、自ら試したモノばかりだ。

「全盛期のキレをとり戻すために、試行錯誤しました。ボクの生命線はスライダーです。ホームセンターで買った水道の蛇口のハンドル部分を何度も回し、手首の曲げ方を研究したこともあります」

中日の新人監督・与田剛は、亜細亜大学の1年後輩。2年間寮の同部屋で過ごし毎晩のように議論を交わし、卒業してからも雑誌の対談などで親交を深めた。投手コーチとして要望されたのが、リリーフ陣の建て直し。昨季の逆転負け38回は12球団最低の結果だったのだ。

阿波野は、この点でも現役時代の苦い経験をいかそうと考えている。自身が低迷した理由の一つが、連投続きで蓄積した疲労だった。中日ではリリーフ投手に、3連投はさせないつもりだという。

「ボクの役目は、投手を最良の状態でマウンドに送り出すことです。疲労の蓄積は、パフォーマンスを下げる大きな要因の一つ。ボクは横浜で中継ぎの経験がありますが、権藤博監督(当時)はリリーフ陣もローテーションを組んで、連投が少なくなるように配慮してくれました。ただ、抑えはどうしても負担が大きくなる。できるだけ連投を避けるために、ダブルストッパー制も考えています」

阿波野がいた’98年の横浜でも、ダブルストッパー制を採用。佐々木主浩(かづひろ)と五十嵐英樹がフル回転し、日本一に輝いているのだ。阿波野が自身の経験をいかした指導をするのは、’07年に投手コーチに就任した「住友金属工業(現・日本製鉄)での影響が大きい」と話す。

「住友金属は、海外に製品を輸出する世界的な企業です。幹部の方々から人材の育成方法や企業戦略を聞き、大変参考になりました。それまでのボクは、理屈が先行し正しい理論を教えようとしていた。しかし、いくら高邁な理想を語っても説得力がなければ人はついてきません。相手の心に響くのは、自分自身の失敗やツラい経験を踏まえての共感できる話です。住友金属の幹部は入社前から、新入社員の家族構成や親の職業まで考え人材育成にあたります。ボクも、各投手のプロフィールを踏まえ長所や短所を把握。自分の経験から、具体的なアドバイスをするようにしています」

中日のブルペンで、阿波野はスマートフォンを持ってバッターボックスに立つことがある。阿波野が話す。

「打者からどう見えるか、スマホで撮影するんです。球の握りを見えづらくするためにはどんなフォームが良いか、プレートの上に立つ位置は正しいのか、ボク自身が悩みましたからね」

雑草コーチの阿波野なら、ドラゴンズ投手陣を再建できるかもしれない。

最終更新:4/14(日) 11:10
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