ここから本文です

丸一日をクラシック音楽のために過ごしてみる。

4/15(月) 8:30配信

otocoto

人生の中のある一日を、クラシック音楽だけのために過ごしてみること。そのために集まってきた人たちどうしが、決して騒がしくならず、秩序ある連帯感のなかで静かな祝祭空間を作り出すことの素晴らしさ。それが、2005年に東京にやってきて以来、ラ・フォル・ジュルネが日本の聴衆に教えてくれたことであった。その源流を取材したプロヴァンスのことを振り返ってみたい。


2016年の夏のことだった。

『ラ・フォル・ジュルネ』とそれを作り出したフランスのプロデューサー、ルネ・マルタンに取材するために、私は南仏プロヴァンスに10日間ほど滞在した。

『ラ・フォル・ジュルネ』の発祥(1995年創設)の地はフランス北西部、ブルターニュの港町ナントである。

しかし、ルネ・マルタンは自分と『ラ・フォル・ジュルネ』を深く取材するのなら、絶対にプロヴァンスに来なくてはならない、なぜならそこでは夏の間に自分がプロデュースする『ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭(1981年創設)』が行われているからだ、それがなくては『ラ・フォル・ジュルネ』は生まれなかったのだから、と言った。

しかもルネは、2、3日だけではダメで、少なくとも1週間以上はプロヴァンスにいてもらわないと、と言ったのである。

いま思い出しても、それは全く正しかった。
それは、音楽だけの問題ではなかった。

ラ・ロック・ダンテロンはアルプス山脈の終わりにあたるリュベロン地方の麓にある小さな村である。どこまでも続くぶどう畑のなかに美しい村が点在する一帯には、文豪カミュが住んだ家、サド侯爵の居城、予言者ノストラダムスの生まれた家、画家ゴッホやセザンヌらが滞在した建物や描いた風景などが当時のまま残っている。古い中世フランスの雰囲気を残した神秘的な修道院や大聖堂も多い。

そうした一帯をあちこちめぐりながら、毎晩のようにベートーヴェンやシューベルトやショパンなどの作品を、選りすぐりのピアニストたちの演奏で聴くのだ――メタセコイアとプラタナスの巨木に囲まれた森のなか、池の上に作られた水上ステージで、理想的なコンディションに保たれたピアノの響きを、鳥たちのさえずりとともに――。

そこでルネが教えてくれたことは、芸術や自然をはじめ、土地の味覚、空気や水や香り、歴史との触れあいなど、あらゆる次元において、五感を愉悦で満たす日々を過ごすことは、人生の風景をすっかり一変させてしまう、ということであった。

素晴らしい芸術に触れたり、うんと美味しいものを食べたり、気心の知れた友人や家族と楽しい時間を過ごしたり、そういうこと「だけ」のために一日を、いや何日もゆっくりと過ごすこと以上に、価値のあることがあるだろうか。

そもそも、私たちは音楽を、あるいは芸術全般を、あまりに急いで手際よく鑑賞しようと(そして早く「理解」しようと)し過ぎているのではないだろうか?

『ラ・フォル・ジュルネ』は、あのように豊かでゆっくりとしたプロヴァンス的な時間を、都会の音楽祭の一日として、実現しようとする試みなのかもしれない。

林田直樹

最終更新:4/15(月) 8:30
otocoto

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事

Yahoo!ニュースからのお知らせ