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【ニューエンタメ書評】簑輪諒『千里の向こう』今村翔吾『てらこや青義堂 師匠、走る』ほか

4/15(月) 7:00配信

Book Bang

春爛漫の好季節となりました。新学期・新年度の新生活の始まりを、新しい本とともに迎えてみませんか? 

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 簑輪諒『千里の向こう』(文藝春秋)は、戦国もので注目を集めている著者の初の幕末もの。土佐藩出身ながら、坂本龍馬と比べると影が薄い中岡慎太郎を主人公にしている。

 著者は、豪商の分家に生まれた龍馬は、相手の懐に入り説得する明るさと時代の波を読む商人的な感覚を身につけていたが、大庄屋を継ぐ立場だった慎太郎は、新しい作物の栽培を何年もかけて計画する地に足をつけた人物だったとする。

 所属する土佐勤王党が弾圧を受けた後、長州藩に身を寄せ、禁門の変、下関戦争を戦った慎太郎は、西洋から最新技術を学び、その後に攘夷を考える現実路線に舵を切った。そして長州の代理人として薩摩と交渉した経験が、薩長同盟に結実する。著者は、実務派の慎太郎とトリックスター的な龍馬の二人がいたからこそ、幕末維新史が動いたとしている。

 派手さも強い指導力もないが、堅実さと夢を諦めない粘り強さで歴史を動かした慎太郎の活躍は、小さな個人でも社会を動かす力になることを教えてくれるのである。

 無惨絵で一世を風靡した幾次郎(落合芳幾)を狂言回しにした谷津矢車『奇説無惨絵条々』(文藝春秋)は、『おもちゃ絵芳藤』の姉妹編的な作品だが、著者が得意としている絵師ものではない。自分を売った父親に復讐するため、島抜けした女を描く犯罪小説、松江藩松平家第六代藩主の宗衍が、隠居後、女の背中に刺青をするなど放蕩の限りを尽くしたとの巷説を題材にしたエログロ色の強い一編、白子屋お熊が愛人と共謀し養子の夫を殺そうとした実話の裏側に迫るミステリなど、バラエティ豊かな五つの短編が収められているのだ。

 物語は、河竹黙阿弥に台本を依頼することになった幾次郎が、ネタを探すため戯作を読む枠構造になっている。明治の演劇改良運動により、歌舞伎も正確な時代考証と史実の忠実な物語化を求められるようになった。こうした風潮に息苦しさを感じている幾次郎は、荒唐無稽なところもある戯作を読むうち、物語に正確な考証が必要かを考えるようになる。

 直木三十五、吉川英治らの時代考証を批判した三田村鳶魚の昔から、歴史時代小説は考証が間違っている=読むに値しないとの批判を受けてきた。現在も続く考証偏重に疑義を呈した本書は、優れた歴史時代小説論としても評価できる。

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最終更新:4/15(月) 7:00
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