ここから本文です

ありし日のノートルダム大聖堂、ナショジオのアーカイブから

4/16(火) 12:01配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

1915年から撮影し続けてきたナショナル ジオグラフィック

 月曜日の最後の観光客がノートルダム大聖堂を去ってほどなく、有名な尖塔から煙が出始め、パリの真ん中にたたずむ中世の名建築がたちまち火に包まれた。

ギャラリー:ありし日のノートルダム大聖堂 写真17点

 ナショナル ジオグラフィックは1915年から、この世界的に有名な建築物を写真に収めてきた。以後、800周年記念のときや、ゴシック建築の詳しい解説も含めて、大聖堂のさまざまな写真が誌面を飾ってきた。写真は1920年代に撮影された1枚だ。

 尖塔はすでに崩落し、木造の内装の多くは燃えてしまったと言われる。だが、被害がどのぐらいになるのかはまだわからない。火事の数日前、数億円規模の改修工事の一環として、大聖堂を囲む銅製の構造物16個が移動されていた。900年近くの歴史を誇り、年間1300万人を魅了する世界の遺産は改修工事中だった。

「中世の暗黒時代の終わりを祝うように、人々の手と寄付、そして何より心がノートルダム大聖堂を作りあげた」。1968年の「ナショナル ジオグラフィック」誌にはこう書かれている。「時代の状況によって、パリは大聖堂を敬愛し、無視し、傷つけ汚し、改修し尊重してきた。ノートルダム大聖堂は教会として、楽しい場所として、芸術作品として生き続けている」

文=Nina Strochlic/訳=ナショナル ジオグラフィック日本版

記事提供社からのご案内(外部サイト)

ナショナル ジオグラフィック日本版の前後の記事

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事