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本当は重要な副大統領ポスト、映画「バイス」にみるその実像

4/17(水) 12:30配信

Wedge

任期後、大統領職に挑戦

 副大統領経験者がその後、選挙で大統領職を勝ち取ったケースは、1945年以降、ニクソン氏(1969年就任)とジョージ・H・W・ブッシュ氏(先代、共和党、1989年就任)の2人だ。

 ニクソン副大統領はアイゼンハワー政権時代(1953年―61年)を通して、その職にあったが、いったん表舞台から姿を消した後、ジョンソン大統領が出馬断念した1968年の選挙に出馬して当選した。72年に再選された際の運動中、陣営スタッフが民主党本部に侵入したのがウォーターゲート事件だ。再選めざした選挙運動が政権の命取りになった。

 昨年死去した先代ブッシュ大統領は。レーガン政権(1981年―89年)で副大統領をつとめた。政権終了時の選挙で当選、そのままホワイトハウスにとどまる幸運を手にした。

 イラクがクェートに侵攻、米国がイラクを攻撃した湾岸戦争(1991年)を勝利に導き支持率が高まったが、経済低迷に足を取られ、92年の選挙で46歳のビル・クリントン前アーカンソー州知事に敗れ、1期だけで終わった。

 当選にはいたらなかったケースとしては、ジョンソン政権の副大統領をつとめ、1968年の選挙でニクソン氏に敗れたヒューバート・ハンフリー氏がいる。この選挙では、ジョンソン氏に“引導”を渡したロバート・ケネディ氏が本命だったが、選挙戦最中の6月に兄同様暗殺されてしまったため、ハンフリー氏が党幹部の話し合いで急きょ、候補者に指名された。本人にどれだけやる気があったかは不明だが。副大統領の重みが出馬につながったケースだ。

 民主党のカーター政権の「副」、後に駐日大使も務めたウォルター・モンデール氏も1984年、レーガン大統領の再選を阻もうと挑戦したが、大敗を喫した。

 クリントン政権(民主党)のアル・ゴア副大統領は後継めざして2000年、ジョージ・ブッシュ氏(2代目)と激しい選挙戦を展開したが、選挙結果がもつれにもつれた。一般投票ではブッシュ氏を上回ったものの、フロリダ州での再集計の結果、僅差で同州の選挙人を獲得できず、不運に泣いた。法廷闘争にまで発展した騒ぎは記憶に新しい。

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最終更新:4/17(水) 12:30
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