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河瀬直美 別離後の奄美、44歳のターニングポイント

4/17(水) 10:40配信

日経ARIA

2007年に『殯(もがり)の森』でカンヌ国際映画祭グランプリを受賞するなど、世界的に高い評価を受ける映画監督の河瀬直美さん。昨年は東京2020オリンピック大会公式映画の監督に就任したことも話題になりました。「正しい生き方なんてない」と話す河瀬さんは今年50歳。まさに人生の中央地点に立つARIA世代の河瀬さんが、同世代に送るメッセージとは。連載第3回は、44歳、奄美大島でのターニングポイントについて語ってくれました。

【関連画像】父親の顔は知らず、母親とも生き別れ、伯母夫婦に育てられた河瀬さん。映画監督としてのスタート地点は、「父親を探して自分を見つけること」だった

●自分自身にとっての最高傑作は『2つ目の窓』

―― これまで数多くの作品を撮っていますが、ご自身で納得できた作品はありますか?

河瀬直美さん(以下、河瀬) カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した『殯の森』に関しては、養母の介護とまだ幼い息子の育児に追われながら、とにかくがむしゃらに作り上げた作品です。本当に納得がいったという意味では、その次に手掛けた『2つ目の窓』(2014年)かな。

―― 『2つ目の窓』では河瀬作品で多く登場した奈良を離れ、奄美大島が舞台になりましたよね。

河瀬 いつもは森で撮影することが多いのですが、この作品では初めて海で撮影しました。私のルーツが奄美大島にあったと知ったこと、養母の死に対面した後でもあって、どこかぬくもりを求めて、奄美大島に行きました。

 でも、それまで中心となって協力してくれた仲間のうちの2人が撮影前にいろいろな感情のズレがあって、私の元を去ってしまった。別れですね。以前ならば、そんな経験をしたときは「もうダメだ」「もうやめよう」と、とことん落ち込んだと思うんです。

すべての出来事は、その先につながる「いいこと」

 でも、奄美大島には、『2つ目の窓』で(松田)美由紀さんが演じていたユタ神様というシャーマン(霊媒師)がいる。民間信仰が根付く奄美の不思議な土地柄のせいか、「物事は起こるべくして起こっていて、(悪いことでも)未来に向けてよりよい方向に行っていると思えばいい」、という考えにたどり着いた。結果、『2つ目の窓』は自分にとって最高傑作となりました。

―― 悲しみも苦しみも、その先のためにある、と気づいたということ?

河瀬 そうです。奄美大島の地で、ふとそれが納得できた。

 今、私はこんなふうにいろいろなしんどいことがあるけれど、ま、いっか、きっとこの次に何かがやって来るんだ、と。人生は悪いことといいことがあるのでなく、自分にとって嫌だなと思うことも、すべてはその先につながっている「いいこと」なんだ、と。これまでとは全く違う考え方に行き着いたのは、奄美大島という場所の土地柄や暮らす人たちの哲学に触れたから。44歳のときです。

●両親に捨てられた――作品に色濃く表れる生い立ち

―― 河瀬さんの作品には、そうした自身の内面や出自が描かれることが多いですね。初期の作品は、両親に捨てられ、養父と養母に育てられた河瀬さんの出自がベースになっていました。

河瀬 母は妊娠中に父と別れ、両親と生き別れた私は伯母夫婦に育てられました。私は、母は見たことはあっても、父は見たことがないんです。

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最終更新:4/17(水) 10:40
日経ARIA

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