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石本貴昭 “鈴木啓示2世”のブレークの秘訣は“脱・鈴木”?/プロ野球1980年代の名選手

4/18(木) 16:01配信

週刊ベースボールONLINE

真っ向勝負から脱却して

 それまでは鈴木と同様に、豪快なフォームから気迫の真っ向勝負を繰り広げていた。スピードには自信を持っていたが、小野和義ら後輩たちに次々と追い抜かれていく。一軍で投げるためには変化球も必要と頭を切り替えると、スライダーやシュートを習得。そして、テークバックで後ろに反るクセを修正してモーションを小さくしたことで制球力も向上し、投球の安定につながっていった。

 翌86年はクローザーとしての役割が中心となったが、リーグ最多の64試合に投げまくり、8勝32セーブをマークして2年連続で最優秀救援投手に。ただ、8月6日の西武戦(藤井寺)では8回表だけで4本塁打を浴びるなど、通算560本塁打を浴びた鈴木の“2世らしさ”も健在(?)。鈴木が“男がケンカして眉間に受けた向う傷”と語った被本塁打だったが、さすがに“2世”は自らのふがいなさにベンチで悔し涙を流している。

 続く87年も3年連続リーグ最多の50試合に登板。ただ、前年までの“特攻ローテーション”は、やはり“特攻”だった。その酷使がたたって球速が下がっていき、3勝7セーブにとどまるなど、成績も失速していった。そして91年シーズン途中に金銭トレードで中日へ。再起に懸けたが、ついに球威は戻らず。92年オフに現役を引退した。

写真=BBM

週刊ベースボール

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最終更新:4/18(木) 17:23
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