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【絶版車コラム】2ストレプリカのフロンティア的モデル(1980年 YAMAHA RZ250[4L3])

4/18(木) 21:30配信

webオートバイ

レーサーレプリカを生み出すきっかけとなった大いなる一台

1970年代、オイルショックと米国の「マスキー法」による環境規制から2ストロークの存亡が脅かされていた。ヤマハは「最後の2ストローク」になるという想いと覚悟を胸に集大成モデルを開発。1979年、東京モーターショーで「究極のロードスポーツ」と称しRZ250を発表した。そのセンセーショナルなモデルはライダー達の心を掴み、市販化を支持する圧倒的な声に応えるべく、翌年8月市販化をスタートさせた。

当時はレーサーレプリカという言葉は使われていなかったが、RZは市販レーサーTZ250の公道仕様と言えるモデル。レーシングパーツすらも組み込みが可能だったほど「TZレプリカ」だった。

そんなモデルのデビューはあまりにも鮮烈で、富士スピードウェイでおこなった本誌テストによるとRZ250は最高速度で168.22km/h、ゼロヨン13秒76をマーク。当時の400マルチ同等以上の数値だった。そして、このクラスを凌駕するRZシリーズの大ヒットこそが、80年代のバイクの流れを決定づけた。最後だと言われた2ストロークはRZの誕生で息を吹き返し、ライバルメーカーも負けじと新世代2ストロークモデルを開発。ヤマハの想いはクォーターブームへの起爆剤となり、その後のレーサーレプリカブームのきっかけとなったのだ。

webオートバイ編集部

最終更新:4/18(木) 21:30
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