ここから本文です

湯川れい子 女には子宮という空き部屋がある

4/18(木) 10:15配信

日経ARIA

音楽評論家、作詞家として50年以上のキャリアを持つ湯川れい子さん。仕事だけでなく、家族や恋愛・夫婦関係、子育て、そして闘病などにも触れた自伝が話題です。「女ですもの 泣きはしない」(「六本木心中」より)という自身の歌詞のように、さまざまな出来事にたくましく向き合ってきた湯川さんに、「女の人生」についてインタビューしました。第3回は40代にスタートした子育てがテーマです。

【関連画像】「私の“夢貯金”はすっからかん。利子まで使い果たしちゃったくらい」

●花になった気持ちでDNAを残したい、と思ったあの日

―― 湯川さんの人生にとって、40代とはどういう時期でしたか?

湯川 私の40代は、母としての人生の始まり。私は36歳で結婚して、不妊治療を経てやっと妊娠できたのが40歳の時。今でこそ40代の出産も珍しくなくなりましたけれど、当時は新聞に載っちゃうほどニュースな出来事でした。

 「本当に産めるのか。自分にそれができるのかしら」という不安もありましたけれど、どうしても「産みたい」と決心した自分がいたんです。その決心の根源にあったのは、きっと生き物としての本能みたいなものだったのでしょうね。

 20代も終わりに差し掛かってきた頃、私はものすごく仕事が忙しくなっていて、ほとんど寝ずに原稿を書く毎日が続いていました。うっすらと空が白み始めた明け方に、鏡の前で化粧を落としながら疲れ切った自分の顔を見つめて、「私、こんなにくたびれた顔をしてる。このままでいいのかな?」と考え込んでしまった。結婚をしたいというよりも、子どもを産みたい、と強く思ったんです。私の体をつくる60兆個の細胞が宿すDNAを、次の世代に渡さないまま枯れてしまっていいんだろうかと、まるで自分が花になったかのような気持ちで、胸の奥がザワザワと音を立てて。その頃、世に出ていた女性シンガーの歌も、影響していたかもしれないですね。

時代を問わず、女性は誰もが一度は感じる孤独感

―― どんな歌から影響を?

湯川 その頃、私が好きだった女性シンガー・ソングライターは、ジョニ・ミッチェル、メリッサ・マンチェスター、ジャニス・イアン。70年代の終わりからアメリカで作品を出していた彼女たちが歌っていた曲に共通していたのは“孤独”。「信じられる愛はどこにもない」「私はこのまま老いていく」と、深い孤独感を歌っていました。孤独を歌う彼女たちの叫びから私が感じ取ったのは、「ああ、女には皆、子宮という空き部屋がある」ということ。世界的に名声を得ている女性たちも皆、子宮という空き部屋を抱えた女なのだと鮮烈にその姿が見えてきたのを覚えています。そして、この孤独は私も同じように抱えているのだと。きっと、時代を問わず、女性は誰もが一度は感じる孤独感じゃないかしら?

●出張の朝、息子が作ったバリケード

―― 実際に母となって、子育てとキャリアとのはざまで感じる葛藤や恐れはありませんでしたか?

湯川 私の場合、明確に自分の気持ちで「欲しい」と願って40歳で授かった子どもでしたから、プライオリティははっきりしていたと思います。好きな仕事は続けたい。でも、私のエゴ100%で産んだのだから、子どもには絶対迷惑を掛けてはいけないと思っていました。

1/2ページ

最終更新:4/18(木) 10:15
日経ARIA

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事