ここから本文です

学力テスト結果を教師の手当額に反映させると、教師は学力が奮わない子を「自分の足を引っ張る」と見てしまう!?

4/19(金) 12:28配信

教員養成セミナー

教師の力を引き出す「評価」とは?

■ 学力テストの結果を教員評価に反映する?
 近年、多くの自治体が、「学力向上」を最大のテーマにして先生たちのお尻を叩いています。全国学力テスト(全国学力・学習状況調査)の結果に右往左往し、とにかく学力を上げることを最大の目標にしています。「学力向上至上主義」とでも言うべき状況が、長らく多くの自治体で続いています。

 2018年、吉村洋文大阪市長が、学力テストの結果を教員の手当の額に反映させる方針を打ち出し、大きな議論を呼びました。教育界以外からも、さまざまな批判が相次ぎました。

 子どもたちの学力とその家庭の経済・文化資本とに相関関係があることは、今では教育関係者の間でなくともよく知られていることと思います。子どもたちの学力には、家庭環境が大きく影響しているのです。それはつまり、学力向上は、各先生のがんばりだけでどうにかなるわけではないということです。もちろん先生のがんばりは大切ですが、それだけではどうしようもない部分も大きいのです。

 こうした指摘を受けて、大阪市は今年になって、テストの結果を手当に反映させる案については、公正な人事評価を定めた地方公務員法に抵触する恐れがあるとして導入を断念しました。ただし、教員の人事評価については、テスト結果を重視する路線を貫くとしています。


■ 賞罰管理はパフォーマンスを引き下げる
 この問題には多くの論点がありますが、今回は教師の力を引き出す、あるいは引き下げる「教員評価」に絞って考えてみたいと思います。

 実は多くの心理学の研究では、賞罰を使ったパフォーマンス管理は、むしろ逆効果であることが明らかにされています。「これができればあれをあげるよ」や、「これができなければあれを取り上げるよ」という行動管理は、「これ」自体の喜びを著しく失わせ、「あれ」のための手段に貶めてしまうからです(アルフィ・コーン『報酬主義をこえて』参照)。

 学力向上に当てはめて言えば、「子どもたちの学力を上げられなければ、ボーナスをカットする」と言われた先生は、子どもたちの学力向上それ自体に価値を見出すよりも、ボーナスカットを避けるための手段と考えるようになる危険があるのです。

 先生への賞罰は、子どもを見る目にも変化をもたらすことが明らかにされています。学力向上が達成できなければボーナスをカットされてしまうような状況においては、先生は、学力が奮わない子を大事に育みたいと思うよりも、むしろ「自分の足を引っ張る子」と見てしまう傾向があるというのです。

 もちろん、以上の心理学研究は、科学研究ですから常に反証(反論)に開かれています。つまり絶対に正しい知見と言い切れるわけではありません。でも、賞罰を使ったパフォーマンス管理をすると言うのであれば、少なくともこうした研究は前提にして発言する必要があるだろうと私は思います。


■ やる気を引き出す「3つのC」
 では、先生の実践力はどうすれば引き出されるのでしょう?

 賞罰管理の弊害を、膨大な心理学研究を引きながら指摘したアルフィ・コーンは、動機づけの「3C」というものを提示しています。仕事における協力(collaboration)、仕事の内容(content)、そして仕事に関する選択(choice)の幅の3Cです。一つずつ見ていきましょう。

 仕事は、一人で孤独にやったり、あるいは仲間との間に過度の競争関係があったりする中では、多くの場合うまくいかないものです。困った時に気兼ねなく人の力を借りられること。困った仲間がいる時に、さりげなく手助けをしてあげられること。そんな協働の雰囲気の中でこそ、私たちは力を発揮できるものです。

 次に、仕事の内容。ここで重要なのは、それが「意味のある仕事」だと思えることです。「何でこんなことをやらなきゃいけないんだ」。そう思わされる仕事に、私たちが打ち込めるはずがありません。

 最後に、選択の幅。あれをやれ、これをやれ、と言われるのではなく、創意工夫を発揮できる裁量権、選択権がちゃんとあること。これが、仕事への責任ある態度につながります。

 ちなみに、以上のことはそのまま子どもたちの学びにも当てはまります。自分はどんな職場であれば生き生きと力を発揮できるだろう? そう問うことは、どんな授業、どんな学校であれば子どもたちが生き生きと力を発揮できるかを問うことに直結するのです。


■ あるべき教員評価とは?
 以上を踏まえて、先生の力を引き出す評価について考えてみましょう。

 言うまでもないことですが、教員評価の本質は、教師を序列化することにも、賞罰の対象を決めることにもありません。それは、先生が自分を振り返り、より力を発揮できるよう、その成長を後押しするためにするものなのです。

 先述した「3つのC」をベースにするといいのではないかと思います。すなわち、「同僚との協働関係ができているか?」「意味のある仕事ができていると思うか?」「実践に選択の幅と創意工夫はあるか?」。この3つを、管理職や同僚たちとの対話を通して相互評価するのです。

 もし自分がうまく協働できていないと思うなら、どうすればより協力し合えるかを管理職や同僚と考え合う。意味のある仕事があまりできていないと思うなら、どうすれば意味あるものにできるかを考え合う。

 この「意味のある仕事」の中には、子どもたちの学力向上も含む、日々の様々な実践が盛り込まれることでしょう。先生は、その実践が本当に自分にとって「意味のある仕事」になり得ているか振り返ります。さらに掘り下げて言うなら、これは教育の本質を問い直す作業でもあります。「自分は教師として、本当に意味のある、教育の本質に適う仕事ができているんだろうか?」

 教育の哲学的本質については、本誌でも何度か論じてきましたので詳細は過去の記事に譲ります。ともあれいずれにせよ、教師はこのように、自分の実践を常に振り返り評価し続ける必要があるのです。


苫野一徳
熊本大学教育学部准教授
1980年生まれ。兵庫県出身。哲学者・教育学者。早稲田大学大学院教育学研究科博士課程単位取得満期退学。博士(教育学)。著書『はじめての哲学的思考』『教育の力』など多数。

※『月刊教員養成セミナー 2019年5月号』
「哲学する教育学者 苫野一徳の教育探求コラム  ―教師の卵に考えて欲しいこと」より

最終更新:4/19(金) 13:42
教員養成セミナー

記事提供社からのご案内(外部サイト)

教員養成セミナー

時事通信出版局

2019年6月号
4月22日発売

1,400円+税

【特集1】
出るのはココだけ!「答申」早分かりシート
【特集2】「一般時事」33分イッキ攻略

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事