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<解説>死んだブタの脳を回復、脳死の定義ゆるがす研究

4/19(金) 17:56配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

動物実験の倫理

 この研究の倫理的な影響力をよく理解していた研究チームは、何年も前から神経科学者や倫理学者に相談してきた。米国立衛生研究所(NIH)のBRAINイニシアチブに属する神経倫理ワーキンググループは、今回の研究に資金提供するとともに、2016年からセスタン氏と協議している。さらに研究チームは、2017年にデューク大学で開催された生命倫理会議と2018年のNIHのワークショップでも自分たちの研究について発表している。

「最先端の科学には最先端の倫理が必要です」と神経倫理ワーキンググループの事務局長でもあるラモス氏は言う。

 例えば、今回の技術は、動物を実験に使うことをめぐる倫理に新たな問題を生じさせる。現在は、生きている動物を使う実験と、死んだ動物の組織を使う実験に関して、別々の規則がある。生きている動物は苦痛を感じる可能性があるからだ。

「実験動物保護の枠組みには大きな穴が開きました。今回の実験によって、『部分的に蘇生した・かすかに生きている』動物というカテゴリーができたからです。しかも現時点では、機能を取り戻す可能性について、まだよくわかっていないのです」と神経倫理ワーキンググループのメンバーでもあるファラハニー氏は言う。「死んだ動物の脳を蘇生させる研究をするとしたら、それは死んだ組織の研究ではなく、生きている動物の研究になるのでしょうか?」

 倫理的に正当化できるかどうかは、今後BrainExを使った研究が、人間を病気から、あるいは脳死から救える可能性にかかっていると専門家らは指摘する。

「好奇心のためだけに、手当たり次第にほかの生物に苦痛を与えることは許されません。実験には十分な理由がなければなりませんし、適切な方法で行わなければなりません」とコッホ氏は言う。「この成果を利用して脳を救うことはできるでしょうか? ただ大騒ぎするのではなく、起きていることをよく考えなければなりません」

 BrainExの実験はヒトの脳でもうまくいくだろうか? コッホ氏は、ブタもヒトも同じように脳は大きく複雑なので、技術的に特に大きなハードルはないと言う。しかし、コッホ氏を含めナショナル ジオグラフィックが問い合わせた専門家の全員が、安易にヒトでの実験に進んではならないと警告した。

 米ケース・ウェスタン・リザーブ大学の生命倫理学者、スチュアート・ヤングナー氏とインス・ヒョン氏は『ネイチャー』誌に寄稿した論評記事で、将来、BrainExの技術が脳死の基準を曖昧にし、臓器提供のプロセスが複雑になる可能性があると指摘している。ただし、米国で最大規模の臓器提供ネットワークであるギフト・オブ・ホープ(Gift of Hope)の最高経営責任者(CEO)であるケビン・クマント氏は、BrainExによって特に大きな混乱は生じないだろうと見ている。脳死を宣告される臓器提供者は多くの場合、この研究の脳より長時間の低酸素状態にあったり、激しい身体的損傷があったりするからだ。

「脳死提供者の大多数には、大きな影響がないでしょう」とクマント氏は言う。「(BrainExが)臓器提供の機会に影響するケースはあるかもしれませんが、比較的少ないと思います」

 クマント氏は、もし病院でBrainExが使われるようになるとすれば、脳死や延命治療の終了を判断する前に患者に施される、数々の治療法の1つになるだろうと考えている。脳が回復する可能性があれば、医療従事者は血液循環の維持にいっそう努力するため、たとえ脳死と判断されても、より良い状態の臓器が提供されるようになるかもしれない。

「必ずしも臓器移植と利害が対立するとは思いません。例えば低体温療法は、臓器や脳の損傷を抑えるためにしますが、治療の一部です。それと同じことです」

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