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「武家の人生の一瞬鮮やかに切り取る」 朝井まかてさん「草々不一」の心地よさ

4/19(金) 9:35配信

NIKKEI STYLE

武家の人生の諸相を表した全8編

ビジネスから離れた時間を、より愉しく豊かに過ごすための情報誌「日経おとなのOFF」から、新作を書いた作家にその作品の読みどころを聞き、合わせてよく読む本や最近読んだ本2冊についてコメントしてもらうミニコラムを転載します。今回は『草々不一』の朝井まかてさんです。

◇  ◇  ◇

【書いた本】
『草々不一(そうそうふいつ)』(講談社)

字の読めない夫に妻が手紙を残す表題作のほか、兄の死の真相を知った浪人が仇(あだ)討ちを決意する『紛者』、青年剣士を慕う武士の娘の心情をつづる『春天』、名家から婿養子にと請われた武家の三男坊が、裏があるのではと疑う『蓬莱』など、武家の人生の諸相を表した全8編を収録。

初の短編集『福袋』の刊行から1年

他藩の動向を隠密のごとく探る聞番(ききばん)、刀でなく包丁を手に江戸城内の料理場で働く台所人など、登場するのは「武芸に励み、戦(いくさ)に備える」という武士像とはかけ離れた江戸の侍たち。江戸庶民の暮らしを活写した初の短編集『福袋』の刊行から1年、本書はそれと対をなす、「武家の人生」をつづった短編集だ。

時は江戸時代中~後期。当時は武士という働き手に見合うだけの職場がなく、1つの役職を数人で受け持つため、勤務時間は1日数時間という者も少なくなかった。「すると彼らにも喜んだり、悩んだりする心の余裕が出てくる。そうした感情の揺れが生む、さまざまな人生模様を描きたかった」

上司の嫌がらせに耐え、秘密の副業に励み、親の死を隠して禄を不正に受け取る。描かれる武士たちの姿は実に人間臭く、はっとするほど現代的だ。だが、今日的なテーマを意図して選んだわけではなく、「面白いと感じるままを書いただけ」と言う。「人の業や性は時を経てもそう変わらない。彼らを身近に感じるのは、私たち自身が今も“江戸時代のシッポ”を残したまま生きているからでしょう」

「意外な史実」を盛り込む

切腹の手順を知らぬ武士もいたなど、驚愕の逸話も盛りだくさん。「戦国時代の生き残りは、主君が死ぬと追腹(おいばら)を切りたがった。戦の世の遺風を払うべく、江戸幕府はその習慣を禁じたので、切腹の作法も伝わらなくなったんです」。そうした「意外な史実」を盛り込むことは、執筆の大きな楽しみだそう。

表題作『草々不一』は、漢字を読めない隠居侍・前原忠左衛門の物語。「武士にも没字漢(文字を知らない人)がいたとの史実が面白くて、主人公に据えました」

「学問は武士に要らざる長物」が口癖の忠左衛門が、亡き妻の手紙を読もうと手習い塾に通う。年端もいかぬ子供たちと机を並べ、読み書きを続けるなか、それまで知り得なかった学びの喜びに浸る姿にほろりと来る。

「忠左衛門を突き動かしたのは妻の真情を探りたいとの切迫した思い。心の赴くまま、あみだくじに導かれるように予定外の筋書きも受け入れる。それが第2の人生を楽しむコツかもしれません」

「短編は長編の要約ではなく、人生の一瞬を切り取ったもの」と朝井さん。その鮮やかな手腕が生む、落語の人情噺(ばなし)を聞くような心地よいリズム、悲喜こもごものストーリー展開の妙を心ゆくまで楽しみたい。

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最終更新:4/19(金) 9:35
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