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ウィキリークス創設者アサンジ氏が暴露した「米国の戦争犯罪」が凄まじすぎる

4/19(金) 8:31配信

HARBOR BUSINESS Online

700人近くの市民を米軍検問所で殺害、過小報告も

 暴露された文書をもとに、アルジャジーラは2010年10月24日付で「2004年から2010年にかけて、約680人のイラクの民間人が米軍及びイラク軍の検問所で銃殺され、約2000人が負傷した」と報じた。

 当時、イラク各地に展開していた米軍は、無数の検問所を道路上などに設置。通行する人々の身分照会や武器や爆発物を所持していないかを確認していた。

 だが、米軍兵士やイラク軍兵士が常駐する検問所は武装勢力による攻撃の対象となりやすかったため、米軍側の過剰防衛による民間人銃撃が相次いだ。

 前述のアルジャジーラの報道によれば、車で病院に向かう妊婦やその家族が銃撃され殺されたというケースが何件もあるという。また米軍が公に発表していた、検問所での民間人銃撃事件の件数は、ウィキリークスが暴露した文書での報告に比べ、3割強も過小報告されていたのだという。

米軍による一家惨殺事件の文書をリーク、イラク撤退につながった!?

 ウィキリークスは、イラク中部イシャキ村で、2006年3月に女性や幼い子どもたちも含む民間人を米軍兵士らが虐殺した件で、国連の超法規的処刑に関する特別報告者フィリップ・アルストン氏と、米国の国務省とのやり取りを2011年8月に暴露した。

 当初、米軍の広報官は「アルカイダの構成員が民家に潜伏しており、激しい戦闘の後、彼らを拘束した」と発表していた。

 だが、アルストン氏は米国側とのやり取りの中で、実際には、少なくとも民間人10人が殺され、そのうち4人が女性であったこと、5人が5歳以下の子どもであったこと、さらに全員の遺体は手錠をかけられ頭を撃たれていたことを指摘していた。

 本件の暴露は、ちょうどイラク政府と米軍の地位協定についての協議の最中に行われた。ウィキリークスは「我々の暴露により、イラク側は米軍に免責特権を与えることを拒絶し、2012年の米軍イラク撤退につながった」とそのウェブサイト上で自負した。

イギリスのイラク戦争検証で「米国の利益を守るための措置」!?

 ウィキリークスは2010年11月、米国とイギリスとの外交文書を暴露した。

 2009年9月22日付の文書によると、当時イギリスで行われていた、イラク戦争への英国の参戦を調査する独立調査委員会(チルコット委員会)について、英国防省のジョン・デイ安全保障政策担当局長は「米国の利益を守るための措置を講じている」と米国のエレン・タウシャー国務次官に伝えたのだという。

 イギリス側の「措置」が何を示すかは文書には書かれていなかったが、チルコット委員会の報告書は、2009年の検証開始からその公開に7年もの年月を要した。

 大幅に公開が遅れたのは、イラク戦争開戦時前後の英国ブレア政権と米国ブッシュ政権とのやり取りについての情報開示をめぐり、チルコット委員会とイギリス政府の対立があったとされる。

 約6000ページの検証報告書は2016年7月に公開され、「軍事行動は最終手段ではなかった」と、ブレア政権のイラク戦争参戦を厳しく批判した。

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最終更新:4/19(金) 8:31
HARBOR BUSINESS Online

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