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日本人が作るラオス酒が世界に認められたー2018年ワイン&スピリッツ国際大会でシルバーアワード受賞ー

4/19(金) 16:00配信

ダイヤモンド・ザイ

 約8カ月のバックパッカー旅行後、2001年からラオスに住み、旅行会社を経てコーディネーターになった森さん。企画・原案、プロデューサーとして製作した日本とラオスの合作映画が話題に。その後、日本に拠点を移した森さんが、約1年半ぶりに訪れたラオスで再会した、ラム酒づくりに生涯をささげる井上さんの今をレポートします。

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 以前、本稿でも紹介した日本人が作るラオスのラム酒LAODI(ラオディー)。その後、苦節の道のりを経て、昨年、香港で開催されたIWSC(international wine and spirit competition。本部はロンドン)の大会でシルバーアワード(銀賞)を受賞した。

 ●関連記事:「メイド・イン・ラオス」のラム酒をつくる!  脱サラしてラオスに渡った団塊世代の日本人

 そこで、今回、創業時から一貫して酒造りを担当している井上育三さんから話を伺った。

日本での販売目的からラオス国内販売へ

 久しぶりにお会いした井上さんは、さらに日焼けし精悍に研ぎ澄まされた印象を受けた。この時期は酒造りのため、唯一の日本人としてラオス郊外の村に滞在しながら、村人たちと作業をしているという。

 朗らかな挨拶の後、

 「実は以前の会社(2007年5月設立。投資金額50万ドル=約6000万円)は2015年3月をもって解散をしたんです。4月1日からラオス人と日本人(井上さん)による新会社(増資20万ドル=約2400万円。各50%を出資)として再開しました」

 開口一番、井上さんは重い口調で説明を始めた。

 「以前は『ラオスでお酒を作って日本で販売』するという方針だったのですが、僕たちの見定めが甘かった。通産省の貿易統計でラム酒の輸入が年間300億円とあったので、その1%でもとれれば3億円になる。勝負できると考えました」

 「でも、醸造エタノールもすべてラム、つまりサトウキビ酒だったから、蓋をあけるとラム酒の製品として輸入されていた額は20億円前後しかなかったんです。さらに日本には伝統的なラム酒文化がない。まったくの勉強不足で、結果は散々なものでした」

 当時の売り上げは年間3万ドル(約360万円)ほど。ビジネスとしてはまったく成り立たない数字だった。その反省点から「まずは、この国の中で皆さんに認めてもらえる酒を作ろう」と方針を改めた。これまで行なっていなかったラオス国内販売を始め、ナンバーワンを目指した。

 ちょうどその頃、井上さんの知人が首都のビエンチャンでラオディー専門のバーを立ち上げることになった。ラオディー工場は首都から50キロメートル近く離れていた。専門バーは市内のアンテナショップとして位置づけられた。

 また、ビエンチャンのお土産物屋での販売に加え、ルアンパバーン、パクセー、サワンナケートなどラオス主要都市の酒屋へ卸しも始めた。売り上げは少しずつ上がった。

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最終更新:4/19(金) 16:00
ダイヤモンド・ザイ

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