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元IBMのモーレツ社員が「保育士」になった理由

4/19(金) 4:40配信

東洋経済オンライン

 東京都板橋区にある認可保育所ほっぺるランド大谷口。3歳児クラスをのぞいてみると、子どもたちのお世話をしたり、工作を教えたり、紙芝居を読んだり……、エプロン姿の好々爺がせわしなく働いている。「じじ先生」こと、髙田勇紀夫さん(67歳)だ。

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 ベテラン保育士かと思いきや、実は髙田さん、まだ保育士になって丸2年。外資系IT企業大手の日本IBMを37年間勤め上げ、定年退職後に一念発起して65歳で保育士になった異色の経歴の持ち主だ。

■「育児に参加した記憶はない」

 自身にも40代になる子どもが2人いるが、「男は仕事だけして稼いでいればいいという時代だった。週末も仕事ばかりで、育児に参加した記憶はない」という。孫もがいるが幼稚園通いで60数年間、保育園とは無縁の人生を送ってきた。

 ところが2015年秋、待機児童について取り上げた新聞記事に出合い、その女性の悲痛な叫びと若い夫婦の様子を見て、”普通ではない”と直感。衝撃を受けた。

 今まで恵まれすぎていた自分の環境を思い知り、一向によくならないのには何か理由があるはずだと、通信講座で1年強猛勉強の末、保育士試験に無事合格し、保育の現場に飛び込んだ。

 グローバル企業であるIBMには女性副社長や女性役員もいたし、自身の直属の上司にも部下にも女性はいた。しかし、「自分も含め、みんな”モーレツ社員”。徹夜もするし、男女の違いもなく働いていた。海外との電話会議があれば、深夜でも家で対応する。今思えば、当時もワーキングマザーはいたはずで、苦労してやりくりしていたのかもしれないけれど、当時の私はそんなことに気づきもしなかった」と、そこには贖罪の思いもあった。

 2017年春、いよいよ現場デビュー。しかし、先輩保育士から「お漏らししたから着替えさせて、消毒して」と頼まれたが、対応の仕方がまったくわからない。

 それどころか、オムツの前と後ろがどちらかもわからなかった。自分の娘よりも若い保育士の先生に教えを請いながら、1つずつ仕事を覚えていく。座学だけではわからない、新米保育士としてのスタートだった。

 IBM時代は、SEに始まり、営業や本社、工場、海外勤務、社長室CSなどさまざまな部門で多くの職種を経験した。よくサラリーマン時代の役職や肩書があった人は、定年退職後に再就職すると当時のプライドが邪魔をするという話を聞く。髙田さんは大丈夫なのだろうか? 

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最終更新:4/19(金) 4:40
東洋経済オンライン

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