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時代小説における直心影流とは。岡本さとる「新・剣客太平記」シリーズ完結記念特別対談

4/19(金) 6:30配信

Book Bang

剣術シーンは時代小説の醍醐味だ。それが剣豪小説ならば、言わずもがなである。
「新・剣客太平記」シリーズは人間ドラマの奥深さを味わわせてくれたが、その根幹となって作品を支えたのは、やはり剣豪小説としての面白さだ。
主人公・峡竜蔵が使うのは直心影流。江戸の剣術界において名門と謳われるこの流派の中で切磋琢磨することで、竜蔵という男の人間味も際立った。
自らも剣士である作者・岡本さとるは、なぜ直心影流に着目したのだろうか。
今日にその技を伝える直心影流空雲会の師範・並木和也氏と直心影流の魅力、剣に生きるとはどういうことかについて語り合った。

直心影流の使い手が主人公に描かれるのは珍しい!?

岡本さとる(以下、岡本) 並木さんには『剣客太平記』が漫画化される際に剣術監修でご協力をいただいたこともあり、一度お目に掛かりたいと思っていました。

並木和也(以下、並木) こちらこそ、お会いできて光栄です。

岡本 直心影流の型をご指導いただく好機も得て、大変勉強になりました。先ほどの“八相剣”、なかなか難しいですね。僕は大学時代に剣道をやっていて、八相の構えも覚えたつもりでしたが、それとは少し違うんですね。

並木 流派によって八相の構えは異なります。直心影流の八相剣はまず初めに取り組む動きなんです。奥義とも言われますが、なぜかといえば、シンプルだけど最も難しいから。ゆえに、繰り返し練習して、気が付いたら身に付いていたと。そうなるのが理想ですね。

岡本 型は基本でもありますからね。一理あるなと思いながら教えていただきましたが、非常に新鮮でした。ところで、普段は時代小説を読まないそうですね。その理由というのが、登場する直心影流の使い手が悪役ばかりだからとか(笑)。

並木 多くないですか、悪役。歴史的に旗本が修めていたこともあって仕方がないのでしょうけど。

岡本 そうかもしれないですね。僕が初めて直心影流に触れたのは、中里介山の『大菩薩峠』でした。島田虎之助が新徴組をバッタバッタと斬り倒すところの描き方がなんとも見事で、今でも心に残っています。

並木 しかしこの小説では、なんといっても主人公ですから。縁あって読み始めたところ、実に爽やかな峡竜蔵という人物にすっかりハマッてしまいました。泰平の世にあって“剣侠の人”としての生き方を選ぶ姿にも魅力を感じます。

岡本 ありがとうございます。剣客ものを書くに当たり、どんな流派の使い手にしようか悩んだのですが、北辰一刀流とか千葉道場は、既に先人が何度も描かれていますので、いろいろ調べてみたら直心影流が面白そうだなと。それで直心影流の剣士にしたわけなんです。まぁ、いい加減なことばかり書いていると思うので、そこはご容赦いただければ。

並木 いや、歴史通りにとか、堅苦しく考える必要はないでしょう。小説の舞台は江戸で剣術が盛んになり、流派もたくさん生まれた頃だと思います。書かれているように、道場によって考え方は違いますから、どれが正しいというのもあまりないんじゃないかと思いますよ。

岡本 そう言っていただけると心強い。竜蔵が自らの道場を持って峡派を作っていくという話もうまくごまかせているでしょうか(笑)。直心影流の面白さというのは、こうしたところにあるのではないかと思うんです。竜蔵は団野源之進と新たな継承者を決めるべく大仕合を行いましたが、本来、直心影流は弟子の中の最も強い者を指名して道統を譲る形をとっていますよね。これが素晴らしいなぁと思うんです。他の流派だと子どもとか、家が受け継いでいくことが多いですよね。

並木 そのほうが残しやすいですからね。親の教えは絶対で応用は認められないものです。しかし直心影流はシステムがしっかりしていたので、道場が変わっても、派が分かれていっても共通の認識の下で続けられたのだと思います。

岡本 システムですか。

並木 原則と言ったほうがいいかもしれませんね。型を通して身に付くものを大事にしていましたから、多少の振れ幅があっても別モノにはならないのです。男谷精一郎が、最初の構えを上段から正眼にしたときにちょっと揉めたということもあったようですが、それも原則から外れるものではありませんでした。

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最終更新:4/19(金) 6:30
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