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“女性活躍推進”は女性を幸せにするのか? 大手日系企業で抱いた違和感

4/20(土) 8:33配信

HARBOR BUSINESS Online

「これからは女性活躍の時代だからねぇ」

 男性の上司に言われ、一応作り笑顔をするも、心の中ではため息をつく。現代社会において、そんな女性が多く存在していると感じる。

 私もその一人だった。日系大手金融機関で、総合職として数年間勤務した経験から、世の中の”女性活躍推進”の動きと、その主人公であるはずの女性の受け止め方に大きなズレがあることを強く感じた。

 政府が目指す“女性活躍推進”を追求した結果、女性は本当に幸せになれるのか? これは女性だけの問題ではない。社会全体の問題として、性別も年齢も問わず全員が考えるきっかけの一助としてほしい。

◆女性の部下をもったことがない、男性上司

 入社したときから、「ここで女性が総合職として働くことは、普通じゃないんだ」と感じた。100名超の総合職の新入社員のうち、女性はわずか10人程度。部署に配属されてからも、「おぉ~ついに女の子がきたかぁ!」と迎え入れられる。男性上司との面談では「俺、女性の部下を持つのが初めてなんだよね。何かあったら言ってね」と言われた。何かあったら、というのは何なのだろう。

 私が在籍していた会社は、歴史ある、いわゆる“大企業”といわれるような会社であったが、総合職として入社する女性が少ないことに加えて、結婚・育児や配偶者の転勤などの理由や、男性社会である職場に耐えかねて心身を崩したなどの理由により、女性の退社が相次いでいた。そのため、上司として女性に接する機会をもつ男性社員は、多くなかった。

 男性上司との面談で身上面の変化について聞かれる際には、「言いたくなかったらいいんだけど……」「これはセクハラでもなんでもなくて……け、結婚の予定とかあるんだっけ……?」と、不要な前置きがついてくる。女性の部下、というものがいかに珍しく、自分の存在がマイノリティであるかという事実が突きつけられる。

◆社会に出て初めて突きつけられる、「自分が女性である」ということ

 現代の日本において、女性が男性と同等な教育を受けることは当たり前となっている。男性と同等の教育を受け、同じように勉学やスポーツに励み、女性が高等教育を受けることも一般的になってきている(昨年発覚した医学部不正入試問題では、医学業界では男女で教育機会が平等に与えられていないことが明らかになったが)。

 それなのに、就職活動等で社会と接することになると、突然「自分が女性である」ということを突きつけられる。それまで差別されることはなかったのに、だ。

 就職活動の面接では「結婚しても働き続けます」と必ず答えるべきだ、という噂が蔓延する。男性なら聞かれるはずもない質問に、内定をもらうためだけの対策をする。実際には働いたこともなければ、結婚するかどうかなんてわからないのに、ナンセンスなやり取りである。そう思っていても、内定が欲しいから、言うのである。「結婚しても働き続けたいです」「女性が長く働ける会社だと聞き、御社を志望しています」。

◆“女性活躍推進”が求める女性像と、世の中が求める女性像の違い

 とても優秀な女性の後輩が、会社を去った。一流大学を卒業し、職務遂行能力も、そしてチームで仕事をするうえで必要な人間力も兼ね備えた優秀な人材だった。理由は、「主婦業に専念する必要があるから」とのこと。聞けば、配偶者は官僚で多忙を極めており、妻も夫もフルタイム+残業で、働き詰めの毎日に限界を感じたらしい。20代半ばで、子供はまだいないとのことだった。

 てっきり、配偶者からの要望があったのか、もしくは話し合いの末、本人たちの希望で決めたことなのだろうと思っていたら、予想外の言葉が出てきた。「私の母が、もっと旦那さんの面倒をしっかりみなさい、って言うんです」。これはまさに、働き盛りである現代の20~30代女性と、その親世代との「女性が働く」ということへの認識の差だと感じた。義母ではなく、実の母が言っているのだ。

「これからは女性の時代よねぇ」と言い、良い教育を受けさせ、エリートと呼ばれてもおかしくないキャリアを歩ませたうえでも、なお根本に残っているのは「家庭を守るのは、奥さんの仕事だ」という価値観なのである。

◆男性は、「働く女性」に何を求めているのか

 これに限った話ではなく、男性は潜在的に「女性は常に美しくあること」を求めている。同じ環境下・同じ条件で労働していても、見た目が美しい女性を好み、見た目を磨くことよりも仕事を優先して一生懸命働く女性を「男みたいだな」と陰口を叩く。

 その場にいる女性社員に「セクハラじゃないからね、通報したりしないでね(笑)」と前置きしながら、男性社員に対して下ネタを飛ばし、爆笑する。その行為からは、セクハラが重大な問題であるということを自覚しながらも、それは「自分が出世するための傷にならないために気をつけること」であって、「女性に不快な思いをさせたくない」という気持ちは根本的に存在しないということが明確にわかってしまう。

 女性にとっては苦痛だと感じる言動の数々を我慢して笑顔でやり過ごし、可愛がられるための努力をしながら働き続けることが、“女性活躍推進”のゴールなのか。そうしたことができる「賢い」女性が、「能力の高い女性」として評価されるのだろうか。

 “女性活躍推進”で求められる女性像と、過去の長い歴史の中で実際に社会に根付いた価値観の中で良しとされている女性像には、大きな溝がある。その溝の中で苦しむ女性が一人でも少なくなるためには。日本社会が今後も活発な労働環境を有し、誰しもが生きやすい社会となるためには。

 今の日本社会における女性活躍に関する問題は、女性だけのための問題でもなく、女性だけが考えるべき問題でもない。本当の意味での「多様性」の必要性や、その実現について、社会全体の中で考えることが求められている。

文・汐凪ひかり

ハーバー・ビジネス・オンライン

最終更新:4/20(土) 8:33
HARBOR BUSINESS Online

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