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うま味発見で世界の食をリード、スマートクッキングを実現 味の素西井孝明社長

4/21(日) 10:12配信

NIKKEI STYLE

和食がユネスコ無形文化遺産に認められる理由の一つとなった「うま味」。この成分であるグルタミン酸を、111年前に池田菊苗博士が発見して以来、主力商品とし、社名に掲げてきた味の素は、日本の食シーンをけん引してきた。西井孝明社長は「うま味のなせる技として、現代のスマートクッキングがある」と話す。

――昨年、うま味発見110年でした。

当時東京大学の化学者だった池田菊苗博士が、研究に励んでいました。家で湯豆腐を食べているとき、そのおいしさがコンブのだしから来るうま味であると気がつきます。奥さんに大量のコンブを買いに走らせ、煮詰めて、煮詰めて、ついに薄い褐色の結晶体を抽出したんですね。これがグルタミン酸で、うま味の発見でした。高価なコンブを買い、手間をかけてだしをとる奥さんの苦労をなんとか軽くしてあげたいという思いもあったといいます。ただ、グルタミン酸は水に溶けにくかったり、安定しなかったり、調理に使いずらいため、さらに研究を重ね、ナトリウムと結合させてグルタミン酸ナトリウム(MSG)という、うま味調味料の発明に至りました。

しかし、歴史はもっと前にさかのぼるんですよ。ローマ時代にもグルタミン酸が含まれている食品が食べられていたという記録があります。ただ、意図的に商品化されたのは19世紀の中ごろで、欧州で牛から抽出したものを煮詰め、ドロドロのエキスにして、それをビーフエキスという調味料として発売したのです。リービッヒのビーフ濃縮エキスというんですが、これは世界で最初の加工食品と言われています。

池田博士はドイツに留学した時、このビーフ濃縮エキスの普及ぶりを目の当たりにしました。ちょうど産業革命の時で、大量の農民だった人たちが都市に押し寄せ、産業革命を支えたわけです。この人たちが食べる食事を、大量生産し、おいしく豊かなものにするために、このビーフ濃縮エキスがものすごく貢献しました。この事実を池田博士はドイツで体感したんですね。それで、自分のキャリア、いわゆる純粋な基礎研究ではなく、科学の応用によって人間の生活を豊かに変えることができるということを留学中に確信したわけです。

――素晴らしい発見ですが、味の素がビジネスの柱として据えたのはなぜでしょう。

社長になった時に100年史を何回も読み返しましたけど、これには出ていないことがあるんですよ。池田博士と創業者の鈴木三郎助、当時の2人を知っている人が残しているものがあって、それによるとMSGを調味料として使うことによって、自分たちが実現したい「野望」みたいなものが実現できるんじゃないかと思ったらしいです。

それまで、食事をおいしく食べるためには、コンブやカツオ節などから手間と時間をかけてだしを取り、味噌汁や煮物などに使わなくてはなりませんでした。しかし、うま味を調味料として使えば、日本人の料理のかなりの部分を経済化することができるし、手軽に時間も創出することができる、今の言葉で言うとスマートクッキングですよね。これによって、よりおいしいものを、よりたくさん、バランスよく食べてもらうことができます。当時小さかった日本人の身体を大きくし、健康な生活を送るという願いを持ち、それをビジネスで展開することによって、自分たちも成功することができる……。これが2人の「野望」でした。


我々の原点であるうま味調味料というのは、池田博士が発明したMSGを、当社が小麦グルテンから抽出する製法を特許出願し、名前もうま味の素なので「味の素」とつけて商標登録し、ビジネスにしたということですね。あえて野望という言葉を使わせていただきましたが、これは味の素が日本の食生活を豊かにするだけでなく、世界に通用する戦略商品になるという確信があったからだと思います。

池田博士は、味の素がリービッヒのビーフ濃縮エキスよりも純度が高いですし、使いやすいことを知っていましたから。それを鈴木三郎助は理解したと思うんですね。実際、1908年にMSGを発明、09年に味の素創業、そしてわずか8年後の17年に米ニューヨークに味の素を販売するためのオフィスを出しているんです。

もうその頃から売り始めていました。現在の味の素の米国法人は56年に再度設立された会社で、それは第2次世界大戦があったからですね。また、台湾へ出したり、シンガポールへ出したり、東アジアはものすごく早くからグローバル素材として味の素を求めていました。鈴木三郎助は既に、グローバル市場の重要性に気付いていたと思うんです。

――日本国内では、どのように味の素を売ったのでしょう。

日本においては、最初にプロの料理人さんに認めてもらったり、加工食品のさまざまな製造工程で使ってもらったりと、早い時点からB to Bの利用を訴求してきました。もちろん簡単にはいきませんで、幾多の苦労を重ねました。給食事業者や栄養士さんとも関係づくりに努め、どういう人たちが一番使ってくれるだろうと、ゼロから試行錯誤してきたんですね。ちょうど食生活が近代化するというところで、家庭の料理にも着目し、よりおいしくするというアプローチを行いました。

日本でも海外でも、その地域、その時に与えられた大きなチャンスをグローバルに捉え、それを徹底的に展開していきました。それにはやはり現地の食生活、メニューや食事のスタイル、それから食を届けるためのディストリビューションなどの違いにアジャストしていかないとうまく浸透しなかったわけです。

米国では第2次世界大戦という空白期間がありましたが、戦後の50年代からサポートし始め、その後世界のナンバーワンになる国における食の近代化の過程で、MSGを提供してきました。すると、これがものすごく大きなムーブメントとなったのです。当時は、食品メーカーは商品パッケージにこぞって「with MSG(グルタミン酸ナトリウムを使っています)」と表示しました。MSGはおいしい食品の代名詞だったんですね。


――ところで、なぜうま味はおいしく感じられるのでしょう。

確かに、おいしい食品といっても、おいしく感じるというだけで、おいしく感じる科学根拠が明らかにはされていませんでした。それが、2002年に米国でうま味成分を感知する受容体(レセプター)が発見されたんですね。このレセプターが反応するのは、グルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸の3つです。イノシン酸はカツオ節に代表されるうま味、グアニル酸は干しシイタケに代表されるうま味です。和食はまさに、コンブやカツオ節や干しシイタケを「あわせだし」として使って、うま味を堪能してきたのです。

これによって、欧米の科学者は、うま味というものが実在し、それが人間においしさを感じさせるということをエビデンスをもって確認することができたのです。さらにその後、レセプターは舌だけでなく、腸管にも存在することが明らかになりました。

レセプターの発見は、当社にとって一番大事なうま味という概念を、世界の科学者に認めてもらう大きなきっかけになったといえます。しかし、一般の人に味の素という商品名は浸透していても、その科学的な仕組みが理解されているかといえば、そうではなかったんですね。そこで、一般の知らない人たちに知ってもらうようにする、うま味の普及活動を展開することにつながります。

03年には、「UMAMI(うま味)」という言葉が、オックスフォード英語辞典に掲載されました。熱心な欧米のシェフさんたちが、日本の料理人さんたちに「UMAMIについて教えてくれ」と求めてきたそうです。

13年に和食がユネスコ無形文化遺産に登録されたのも、和食のおいしさの理由や文化的な価値の理由として、うま味を上手に使った料理であるということがあります。無形文化遺産である和食の普及とともに、うま味という言葉が、いわゆるシェフのネットワークを通じて、文化的な活動という形で世界中にどんどん普及しました。その普及活動は私どもの会社では06年からスタートして、10年以上続けてきました。

ーー会社のスローガンも「Eat well, Live well(おいしく食べて健康づくり)」です。最近の過度な健康ブームで、「健康のためなら、死んでもいい」なんておかしな風潮もありますが。

ただ健康になるのではなく、原点はやはりおいしく食べるということです。当社の歴史でもありますが、食品会社さんは皆、そうなのではないでしょうか。このスローガン自体は変わっていないのですが、時代によっておいしいもの、健康のために食べたいものなど、求められるものが変わってきているようです。
最近は、SNS(交流サイト)で多くの情報があっという間に拡散していきます。世間で騒がれているようなフェイクニュースも困ったものです。こういう時代になると、誰が言っていることが正しいのか、皆疑い始めています。消費者の方は、自ら信用できる情報源を探し始めているので、従来の情報提供者たるメディアは、これまで以上にきちんと学習された情報を発信していただければと思います。そのためには我々も精いっぱい情報を共有させていただきます。
*    *    *
次回は、うま味調味料にふりかかる大きな課題と、それを解決していく一大プロジェクトなどについてお聞きします。
西井孝明(にしい・たかあき)1959年生まれ。82年同志社大学文学部社会学科卒業。同年味の素入社、04年味の素冷凍食品取締役家庭用事業部長、11年執行役員、13年ブラジル味の素社社長、味の素取締役常務執行役員、15年社長
(中野栄子)

最終更新:4/21(日) 12:15
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